第9話:天職以外では……
天職以外の職業を試すなら格好の相手、それは相手がゴブリンと分かっていたからこその判断。
「……さて、
「ちょっと、ジル!」
メリの制止を聞くことなく、ジルはゴブリン目掛けて駆け出した。
すでにジルのことを視認しているゴブリンも臨戦態勢に入っており、錆びたナイフを振り上げて突っ込んでくる。
ジルは剣士の感覚で右手の剣を振り抜いた──だが。
「──お、重い!」
『ゴブリャリャリャ!』
両手で振り抜いた時よりも数倍重く感じる剣。剣速も遅く、子供でも軽々と避けられそうな速さしかない。
当然ながら軽々と回避したゴブリンはジルの右側へ回り込み、錆びたナイフを振り下ろす。
がら空きの背中に迫るナイフを横目で視認したジルは体を反転、左手の短剣で辛うじて防ぐと慌てて距離を取った。
「……これが、天職とそれ以外の差なのかよ!」
『ゴブブブブッ!』
困惑するジルを目の前にしてゴブリンが動かないはずもなく、畳み掛けるようにして迫ってくる。
動きの緩慢さに苛立ち、そんな体を無理やり動かそうとしては体力を消耗して、気づけば発汗が止まらない。
短剣を捨てて両手で剣を握り、剣士として戦えば一瞬で決着するだろう。
「ま、まだまだ!」
『ゴブリャリャリャ!』
苦悶の表情を浮かべながら双剣を振るうジルを、ゴブリンは哄笑しながら錆びたナイフを突き刺す隙を窺っている。
その時である──一陣の風が通り抜けたのは。
「──エアブレイド!」
『ゲヒャッ!』
立ち回っている間に立ち位置が変わっていたジルとゴブリン。
メリのエアブレイドはゴブリンを背後から切りつけていた。
「くそっ!」
『ゲギャッ!』
一人で倒すことができなかった。そのことに悔しさをにじませながら、ジルは双剣を振り切りゴブリンの胸に十字の剣撃を刻み込んだ。
その場に倒れ伏すゴブリンを荒い呼吸のまま見下ろすジル。
メリは怒鳴られる覚悟でエアブレイドを放っている。それでもジルを助けるためなら仕方ないと思っていたのだが、ジルからは怒鳴るどころか一言も言葉が出てこない。
「……ジ、ジル?」
「……すまん、助かったよ」
「あの、元気出してね?」
「……あぁ」
その後は無言のまま証明部位を剥ぎ取り、かごを背負い直してアトラの森を後にした。
※※※※
道中も無言のまま、南門に到着した。
「おぉっ! 戻ってきたんだな、おかえり。……どうしたんだ、元気がないじゃないか」
「いえ、なんでもありません」
「……そう言うならいいんだが、最初の依頼だと分からないことも多いだろう。何かあってもあまり気落ちするんじゃないぞ」
「はい、ありがとうございます」
ジルはそれだけを口にして衛兵から離れていく。
その後ろからメリが頭を下げていたので、衛兵は苦笑しながら手を振っていた。
冒険者ギルドでも受付嬢から心配の声を掛けられていたのだが、ジルはなんでもないと言うだけでそのまま出ていってしまう。
心配になったメリが声を掛けても上の空で、すぐに会話が終わってしまった。
「……宿屋、どうしようか」
「あっ! ……忘れてた」
ぼそりと呟かれたメリの言葉にジルは自分の悩みが吹っ飛んでしまうかのような倦怠感を覚えていた。
というのも、冒険者として一番にやらなければならないのはその日の宿探しなのである。
大都市では宿屋も多いので遅い時間からでも見つけることができるのだが、小さな都市では早い時間から満室になる宿屋が多く、遅い時間からは見つけるのが困難になってしまう。
特にジルとメリはスぺリーナにやって来たのが初めてなので宿屋を一から探さなければならなかった。
「……最悪野宿か?」
「い、嫌だよ!」
「だよなぁ、俺も嫌だわ」
どうしたものかと通りのど真ん中で考え込んでいると――
「——あれ? もしかして、ジルにメリちゃん?」
初めてやって来たスぺリーナで声を掛けられるとは思っていなかった二人は顔を見合わせてから同時に振り返ると、そこには懐かしい顔が笑顔で現れた。
「「……リ、リザ姉!」」
「うわー! やっぱり二人だったんだ、元気にしてた?」
パペル村では姉貴分として仲良くしていたリザ姉——リーザ・バイリオンが両腕で二人に抱きついてきた。
「ちょっと、リザ姉、恥ずかしいから!」
「何を言ってるのよジルは! 懐かしいんだからこれくらい我慢しなさい!」
「リザ姉はスぺリーナで何をしてるんですか?」
「私はここで鍛冶屋を営んでるのよ! それで、二人はどうしてここにいるの?」
そこでようやく二人を開放したリザに、ジルが冒険者になってスぺリーナにやって来たこと、そして宿屋を確保することを忘れていたことを伝えた。
「だったら私の家に泊まる? 宿代も浮くしいいんじゃない?」
「でも、いいのかな?」
「リザ姉、迷惑じゃないのか?」
「何を言ってるのよ! 二人とも久しぶりにゆっくり話をしたいし、泊まってくれた方が私も嬉しいのよ!」
そう言いながら二人の背中を押して歩き出したリザの厚意に甘える形で、ジルとメリは泊まるところを見つけたのだった。
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