第7話:冒険者ギルド

 中に入ると、そこには二人が見たこともない光景が広がっていた。

 様々な職業の人たちが依頼書を眺め、話し合い、ギルド内を行き交っている。

 受付にも列をなしており、ギルド職員は大忙しだ。

 二人は冒険者の邪魔にならないようにと壁際へ移動して受付の上に垂れ下がっている案内板に目を向けると、列をなしているのは受注窓口のようで冒険者登録の窓口は別に用意されていた。

 そそくさと移動して冒険者登録の窓口を見つけると、そちらは比較的空いており三人しか並んでいなかった。


「よ、よかった」

「あの中で並ぶとか、無理だよね」


 安堵の声を漏らす二人は列に並ぶと再び周囲に目を向ける。

 入口から手前に受注窓口が五つあり、その全てが列をなしている。

 その次にあるのが依頼者窓口で、こちらは三つあるのだが受注窓口と同様に列をなしていた。


「冒険者って、こんなに多いんだな」

「本当だね。でも、依頼する人もそれだけ多いってことだよね」


 冒険者の仕事は主に魔獣討伐なのだが、それ以外でも依頼された内容が精査されてギルドが問題ないと判断した依頼が受付されてボードに貼られていく。

 それを見た冒険者が依頼書を手に取り受注窓口へと向かう。

 魔獣討伐は常時依頼なので緊急を要する討伐以外はボードに貼られていない。討伐証明を提示するだけで魔獣の等級に応じた報酬を手にすることができる。

 ジルが道中で討伐したブラウドの耳を削ぎ落していたのもそれが理由だ。


「そういえば、ジルが倒したブライド以外では魔獣出てこなかったね」

「整備された街道だからな。普通は一匹も出てこないのが普通なんだけどな」

「そうなの?」

「定期的に国からの依頼で冒険者が魔獣狩りを行っているんだ。報酬もいいから、多くの冒険者が参加するらしいぞ」


 パペル村のように辺境の村を繋ぐ街道には今回のように魔獣が現れることもあるが、それも稀である。

 ジルとしては魔獣一匹とはいえ報酬を手にできるのは嬉しい誤算だったのだが。

 そんな話をしていると二人の番が回ってきた。


「ようこそ、スぺリーナの冒険者ギルドへ」


 眼鏡を掛けた受付嬢が笑顔で迎えてくれた。


「冒険者登録と、途中で討伐した魔獣の提出もしたいのですが」

「かしこまりました。ではまず、こちらの用紙を埋めていただけますか? それと討伐証明となる魔獣の部位の提出を」


 受付嬢は一枚の紙とペンを取り出して二人の前に置き、その横に討伐証明の部位を入れるトレイを置く。

 先にトレイへブラウドの耳を入れてから紙へと視線を向ける。そこには名前、年齢、性別、職業などの一般的な事柄から、得手不得手に関しての質問も盛り込まれている。

 メリは迷うことなくすらすらと書いていたのだが、ジルは一つの項目でピタリと手が止まってしまった。


「どうしたの?」

「……いや、なんでもない」


 ジルの手が止まった項目、それは職業欄だった。

 天職の剣士ソードマンを否定するためにここまでやってきたのだが、冒険者登録をするために剣士と書いていいものか、それに悩んでしまったのだ。

 しかし、ジルはこれから新しい可能性を探っていくのだから現時点ではやはり剣士と書くべきだろうと考え、素直に剣士と明記した。

 書き終えたことを受付嬢に告げると、すぐに漏れがないかを確認する。


「……あら? ジルベルト様、家名はないのですか?」

「えっと、親に勘当されまして……」

「そうでしたか、失礼いたしました。書類には問題ありません。それでは、ジルベルト様は剣士。メリル・ブライト様は高魔導師ハイマジシャンで冒険者登録を行います」

「あの、一つ質問をいいですか?」

「はい、なんでしょうか?」


 こんなことを聞いていいのか不安に思いながら、ジルは意を決して口を開く。


「職業に関しては、後から訂正することもできますか?」

「職業を、ですか?」

「はい……いや、やっぱりいいです、すみません」

「いえ、構いませんよ。一応、職業は後からでも訂正することは可能ですが、少なくても私は対応したことがありませんね」

「そう、ですよね」


 苦笑を浮かべながら、相づちを打つことしかできなかったジル。


「それでは、こちらが冒険者を証明するギルドカードになります。冒険者には等級が存在していますが、ご存知ですか?」

「俺は知っています」

「ジル、私は知らないよ?」

「でしたら、ご説明いたします。新人冒険者の方々は一番下の等級に当たる原石げんせきになります。そこから珊瑚コーラル翡翠ヒスイ真珠パール紅玉ルビー蒼玉サファイア翠玉エメラルド、最上級が金剛石ダイヤモンドとなります」

「全部、宝石の名前なんですね」

「はい。等級は最大七等級ありますが、実際に多くの冒険者が目指している等級は紅玉になります」

「えっ? 目指すなら金剛石じゃないんですか?」


 メリの純粋な質問に、受付嬢は身振りを加えて教えてくれた。


「まず、蒼玉等級の冒険者はクランを設立している人がほとんどです。さらに翠玉等級となればクランの規模も大きくなり、最大で100名以上が在籍するところもあります。そして、金剛石は等級にこそ数えられていますが、実質は勲章のような扱いになっているんですよ」

「どういうことですか?」

「メリル様は、をご存知ですか?」


 受付嬢の口から出てきた一二人の英雄トゥエルブヒーローとは、一二人の実力者のことを差している。

 二人のように冒険者をしている者もいれば、国に仕える騎士もいる。中には英雄と呼ぶにはふさわしくない人物も、一二の英雄には含まれていた。


「金剛石は、一二人の英雄に授けられる等級なのです」

「でも、騎士の方は冒険者ではありませんよね?」

「だからこそ、勲章のような扱いになっているのです。お二人のギルドカードも等級が上がれば、等級に応じた素材で登録し直されます。そして、ギルドカードがその人の実力の目安にもなるので、実力者には与えてしまおう、というのが上の考えなんですよ」


 新人の原石が考えることではないのだが、一二人の英雄についての話はジルも聞いたことがなかった。


「へぇー、知りませんでした。それで、どうして冒険者は紅玉を目指しているんですか?」

「先ほどお話したクランですが、紅玉から設立することができるのです。クランを設立できれば在籍人数や活躍次第でギルドから報奨金が出ることもあるので、多くの冒険者がクラン設立のために紅玉を目指すのです」


 剣士のままでは紅玉はもちろん、一二人の英雄という高みにも到底届かないだろう。

 ならば、やはりやるべきことは一つしかない。


「それでは、お二人の冒険者登録は以上となります。それと、こちらが魔獣討伐の報酬になります。そのまま何か依頼を受けていきますか? まあ、ボードはあの状況ですけれど」

「あー、そうですね……薬草採取は受けられますか?」

「大丈夫ですよ。こちらは常時依頼になっています。この辺りでは、回復薬の基材になるアゲの花や、毒消薬の基材になるバソの実が多く採れますよ」

「ありがとうございます」


 頭を下げて受付を離れた二人は、いまだに冒険者で込み合っているボードには目もくれずにギルドを後にした。

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