第5話:道中

 パペル村を出て一時間が経ち、ジルは一休みすることにした。

 辺境にあるとはいっても村と一番近い都市を結ぶ街道は整備されている。

 行き交う人が多い道ではないのですれ違う人は皆無だが、パペル村の人々からすると大事な街道だ。


「さて、もう少しでスペリーナだ」


 パペル村から一番近い都市──スペリーナは周囲の村を結ぶ中継地点として発展した都市である。

 周囲の村が小さいこともあり、大都市と呼ばれるところと比べると小さいのだが、それでもこの辺りでは重要な都市だった。

 ジルがスペリーナを目指すのには一番近い都市だからという理由もあるが、もう一つの理由が一番の目的だ。


「スペリーナで冒険者登録をして初めて自立できるんだ」


 パペル村は辺境にあり過ぎて冒険者登録ができる冒険者ギルドが存在しない。そのため、正式に冒険者と名乗れるようになるにはスペリーナに行く必要があった。

 順調に進めればパペル村からスペリーナまで三時間では到着できる。

 休憩を終えた後は一気に道程を消化しようと考えていたのだが──そうはいかなかった。


「げっ! ……まさか街道で魔獣に会うのかよ」

『──グルル』


 ジルの視線の先、街道から少し逸れた場所に動く影を見つけた。

 四肢で地面を踏みしめて、唸り声を上げる狼の魔獣──ブラウドが飛び出してきた。

 咄嗟に剣を抜き放ったジルは、体が今までと異なる動きをしたことに驚くとともに、飛び出してきたブラウドを一刀両断した剣にも驚愕する。

 魔獣はブラウド一匹しかおらず、ジルは大きく息を吐き出して剣を握る手を見つめた。


「……天職、かぁ」


 これも剣士ソードマンだからできたことなのだろうと、心のどこかで思ってしまう。

 仮にジルが剣士の武器ではなく、それ以外の職業が使う武器を使えば今のような動きはできなかっただろう。

 大剣や双剣を使ったり、魔導師マジシャンの真似事をしようとすれば、体が動かずにブラウドに噛み付かれて死んでいたかもしれない。

 ジルがこれからやろうとしていることは、命の危険が常につきまとう行為だった。


「……それでも、やらなければ変わらないよな」


 魔獣の耳を削ぎ落としながら自分自身に言い聞かせて、ジルは今すぐにやらなければならないことを優先することにした。


「……穴、掘るか」


 何故に穴を掘るのか。それは、魔獣の死体をそのままにしておくことができないからだ。

 魔獣の死体は異臭を放ち、その臭いは別の魔獣を引き寄せる。

 それを避ける方法として、魔獣を燃やすか埋めるかの二通り。

 簡単な方法は魔獣を燃やす方法なのだが、あいにくジルは燃やす手段を持っていなかった。


「これは、時間が掛かるなぁ」


 とはいえ、地面を掘るのに適した道具も持ってはおらず、穴を掘るのも一苦労。

 ため息を漏らした直後──背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「──ファイアボール!」

「へっ?」


 突如として後方から火の玉が飛んできて魔獣の死体が燃え上がる。

 驚きと共に、まさかという感情が沸き上がり慌てて振り返ると、そのまさかの人物がジルを睨み付けながら立っていた。


「……ど、どうしてここにいるんだよ──メリ!」

「どうしても何も、私は一緒に行くって言ったわよね! それも今日の朝に!」

「それはそうだけど、俺の勝手に巻き込むわけにはいかないだろう」

「それをジルが決めるのもおかしな話だわ! これは私が決めたことなのに!」

「ってか、両親にはなんて言ってきたんだよ!」

「両親には冒険者になるためにスぺリーナに行くってちゃんと言ってきたわよ!」

「それを許すわけないだろう!」

「だから出てきたのよ!」

「おま! ……ってか、どうやって俺が出ていくって知ったんだよ」


 気づかれないようにと、わざわざメリの家を避けてパペル村を出てきたのだ。誰かが言わなければ気づかれるはずはないと思っていた。

 しかし、ジルはメリのことを甘く見ていた。

 二人は幼馴染である、何かしら変化があれば気づくものだ。


「朝会った時に、ジルの様子がおかしかったからずっと見てたのよ」

「お、お前なぁ」

「でも正解だったわ! だって、ジルは私に内緒でパペル村を出ていったんだもの!」

「俺はお前の将来を心配して――」

「私は、ジルと一緒に冒険者になるの! それが私の未来なの! これは、私が決めたことなのよ!」


 頭を抱えてしまうジル。

 しかし、こうなってしまってはメリが言うことを聞かないことも分かっていた。

 メリがジルのことをよく知っているように、ジルもメリのことをよく知っている。

 ならば、ここで無駄に時間を使うのはもったいないことだった。


「……分かった。とりあえず、スぺリーナまで行こう」

「とりあえずじゃなくて、私は冒険者として生きていくの。スぺリーナで高魔導師ハイマジシャンとして生きていくわけじゃないからね」

「……はぁ」


 まさかの同行者に溜息を漏らしながら、ジルとメリはスぺリーナへ続く街道を再び歩き出した。

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