第4話:決断

 両親が起き始めたのをドア越しに感じながら、ジルは意を決してリビングへ向かう。

 両親もジルの気配を感じていたのか、ドアを開けると二人ともこちらを見ていた。


「頭は冷えたのか?」

「はい、父さん」

「そうか。なら、こっちに来て座りなさい」

「はい」


 示された椅子に腰掛けて、リアナが準備してくれた朝ご飯を食べる。

 食事の間は無言のラインハルトとジルを見て、リアナは内心気が気ではない。

 先にラインハルトが食事を終えて、次にリアナ、最後にジルが食事を終えると、ラインハルトが口を開いた。


剣士ソードマンは立派な職業だ。確かに三級ではあるが、それがどうしたんだ。神が示した天職ならば、どのような職業でも一流になれる。その天職を疑うなどあってはならないことだ」

「……はい」

「ジルベルトは国に仕える騎士か、冒険者になりたいと言っていたな。知っていると思うが、国に仕える騎士には二級以上の職業が必要になる。ならば、冒険者になるのか?」


 ラインハルトの質問に、ジルは真っ直ぐその瞳を見つめて答える。


「はい。俺は、冒険者になります」

「そうか。それなら──」

「そして、さらなる高みを目指していきます」

「……さらなる、高みだと?」

「ジル、それは剣士としてさらなる高みを目指すということですね?」


 ラインハルトが首を傾げ、リアナが確認の意味を込めて口を開く。

 二人が期待した通りの答え──それがジルの口から発せられることはなかった。


「違います。俺は剣士として冒険者をやりながら、別の職業でも自分を高めていこうと考えています」

「ジルベルト!」

「父さん! 俺は自分の可能性を捨てきれないんだ! 剣士で一流を目指すことも考えたし、パペル村で衛兵になることも考えた。だけど、それだけじゃダメなんだ!」

「ダメなものか! そのどれもが素晴らしい仕事じゃないか! それなのに、何が自分の可能性を捨てきれないだ! 天職を全うする、それが一番であり、それ以上を求めることなんてできるはずがない!」

「どうして決めつけるんだよ!」

「それが当然だからだ! あり得ないからだ! 神に逆らっていいことなんてあるはずがない!」

「父さんも母さんも二級だからそう言えるんだ! 俺は、三級なんだ。別に剣士を軽視しているわけじゃないけど、世間ではどうしても二級や一級の職業が注目を浴びることになるし、実力だって否応にも差が出てしまうじゃないか。俺は、それが許せないんだ!」

「神に逆らうというのか!」

「逆らうわけじゃない! 俺は、運命に抗いたいんだ!」

「ふざけるな!」


 ついにラインハルトの堪忍袋の尾が切れた。怒号が家に響き渡り、決定的な一言が放たれる。


「ジルベルト──出て行け! 金輪際、家に帰ってくるな!」

「あなた! なんてことを言うんですか!」

「……分かったよ」

「ジル!」

「そのつもりで、俺は自分の決心を口にしたんだ。もう準備もできてる」

「そんな! あなた、ジルを止めてあげて!」

「ダメだ! ジルベルトよ、お前は今日をもって、アッカートの名を語ることを禁じる」

「……はい」

「……荷物をまとめているなら、さっさと出て行くがいい」

「……今日まで、本当にありがとうございました。アッカートを名乗ることはできなくなりますが、心の中では俺はずっと、二人の息子だと思って頑張ります」

「……好きにしろ」


 最後にそう呟いたラインハルトは立ち上がり、そのまま自室へ行きドアを閉めてしまった。

 残されたジルは荷物を取りに部屋へ向かったのだが、その背中にリアナから声が掛けられる。


「ジル、思い直すことはできないの? お父さんも本気ではないわ。あなたが思い直してくれれば、きっと許してくれるわよ?」

「ごめん、母さん。もう決めたことなんだ。……そうだ、最後に一つだけお願いがあるんだ」

「最後だなんて言わないで」

「いや、きっと最後になるよ。メリのことなんだ」

「メリちゃんがどうしたの?」


 早朝に話をしたメリのことがジルは気になっていた。

 もしジルが冒険者になるなら、メリは一緒に冒険者になると言っていた。

 だが、それはジルが望むことではない。メリにはメリの人生があり、自分の決断のせいでその人生を棒に振って欲しくなかった。


「メリには、俺が冒険者になるってことを言わないでほしいんだ。あいつ、俺について行くとか言ってたからさ。せっかく二級の天職を授かったんだから、パペル村や大きな都市で、自分のために生きてほしいから」

「メリちゃんがそんなことを……分かったわ」


 リアナはジルが自分のためのお願いではなく、他人のために最後のお願いを口にしたことで説得することを諦めた。

 こんな状況にあっても他人のことを思いやれるジルのことを、信じてみようと思えたから。


「母さん、俺は絶対に運命を変えてみせる。そして、生まれ変わった俺になって帰ってくるよ」


 運命に抗うなどできるはずがない。

 天職以外の職業で大成できるはずがない。

 神様に逆らって、いいことなんてあるはずがない。

 それでも、ジルは決めたのだ。

 その決断を応援するのが、母親として最後の仕事だとリアナは涙ながらに決意した。


「行ってらっしゃい、ジル。私は、あなたが帰ってくるのをいつまでも待っているわ」

「ありがとう、母さん。行ってきます」


 ジルは鞄を背負い、ラインハルトから貰った剣を腰に差して、一度も振り返ることなく家を後にした。

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