第3話:怒りの理由
何故、どうして理解してくれないのか。
そんなことをジルは心の中で思っていた。
真剣に悩み、考え、意を決して打ち明けたにもかかわらず、両親はまるで異端の者を見るかのような視線をジルに向け始めた。
「ジルベルト、お前は自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「わ、分かってるよ。だけど、俺は二級以上の職業に就きたいんだ。父さんや母さんと同じで──」
「ふざけるな!」
怒鳴り声を上げたラインハルトにビクッとしながらも、ジルは自分の想いをぶつけていく。
「お、俺だっておかしいことだって分かってるんだ。だけど、どうにかしたいって思うことがそんなにいけないことなのか?」
「当然だ! お前が考えていることは、神を裏切り冒涜する考えなんだぞ!」
「俺はそんなこと考えていないよ!」
「ならば何故、天職を疑うようなことを言っているんだ! お前の天職は
「それは! ……そうだけど」
ラインハルトの言っていることは間違っていない。この世界では天職が全てであり、それ以上もそれ以下もない。
天職を疑うということは、それすなわち異端者と罵られても仕方がないのだ。
「ジル、どうしてそんなことを言うの? 今まではとても良い子に育ってくれていたのに……」
「母さん、俺はただ──」
「言い訳聞きたくない! ジルベルト、お前は部屋に戻ってしばらく頭を冷やしてこい!」
「……すみま、せん」
そう言ってジルは席を立つと、そのまま部屋に戻っていった。
ドアを挟んだリビングではリアナがすすり泣く声が聞こえていたが、ジルは聞こえないふりをした。
「……俺って、おかしいのかな」
母親に涙を流させ、父親に怒鳴り声を上げさせ、そして神を冒涜してしまった。
そんな自分がおかしいのだと、異端者なのだと、ジルは自分自身が分からなくなってしまいそうになっていた。
※※※※
翌日、晩ご飯をまともに食べることができなかったジルはいつもより早い時間に目を覚ました。
太陽はいまだ姿を隠している時間帯で、リビングには両親の姿もない。
今から何かを口にする気分にもなれず、少し風に当たろうと外に出ることにした。
音を立てないよう外に出たジルは、パペル村で一番の高台へ足を向ける。
これからどうするべきか、部屋で一人で考えていても答えは出ず、いつの間にか寝入ってしまった。
風に当たれば何かしら考えが変わるかと思ったのだが、今のところ何も変わらない。
もうすぐ高台に到着する、そう思っていると高台に人影を見つけて首を傾げた。
その人影には見覚えがあり、ジルがよく一緒にいる人物。昨日も一緒に教会で儀式を行ったメリであった。
「メリ」
「あれ、ジル。どうしたの?」
「少し考えごと。メリはどうしたんだ?」
「私も考えごとかな。
「どうしようって、そのまま高魔導師として仕事をするんだろ? パペル村にも魔導師はいるし、その人のところで雇ってもらえばいいじゃないか」
天職を得られればその職業に必要な能力が自然と向上する。しかし、それは知識まで得られるかと言われればそうではない。
あくまでの下地の能力が向上するだけで、そこからは自分自身で学んでいかなければならない。
高魔導師であれば、先達の魔導師に師事を仰ぐのが当然の道筋である。
「そうなんだけど……ジルはどうするの?」
「俺か? 俺は……そうだな、俺もそのことで悩んでいるんだったよ」
「なんだ、同じじゃないの」
そう言って苦笑するメリ。
その表情を見て、ジルは何故だか少しほっとしていた。
二級の天職を授かったメリでも悩んでいるのだから、三級の自分が悩むのも当然なのだと。
しかし、天職を疑っていると知ればメリも自分を異端者を見るような目で見るかもしれない。
そう思ってしまうと、悩みを打ち明けてしまっていいものかここでも悩んでしまう。
実の両親ですらあの反応だったのだから、幼馴染とはいえ他人のメリがどのような反応を示すのかは簡単に予想ができた。
「……剣士、なんだよなぁ」
「剣士だと国の騎士にはなれないから、やっぱり冒険者になるの? それともパペル村で衛兵とか? もしジルが衛兵になるなら、私はここの魔導師に弟子入りしてもいいかな」
「衛兵になるならって、それじゃあ俺が冒険者になるって言ったらどうするんだ?」
興味本位の質問に、メリは真剣な眼差しをジルに向けてはっきりと口にした。
「もしジルが冒険者になるなら、私はジルについて行くよ」
「……ついて行くって、それはメリも冒険者になるってことか?」
「そうだよ。私はジルとパーティを組んで冒険者になる。ジルと一緒にいる方が楽しそうだもんね!」
笑顔でそう口にするメリを見て、ジルは何故だか自分の答えが決まったように思った。
しかし、一時の気持ちだけで決めていいようなことではない。
「……ありがとう、メリ。なんだか、少し気持ちが楽になった」
「そう? それなら良かった。私もジルと話ができて、気持ちが楽になったよ」
「今日はもう帰るよ。また明日な」
「うん、また明日ね」
笑顔で手を振って別れたジルとメリ。
一度気持ちを整理して、そして決めようと心の表層では思っていたのだが、心の深層ではすでに答えは決まっていたのかもしれない。
その気持ちは、太陽が顔を見せ始めても変わることがなかったから。
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