第2話:三級の職業
誰も天職を疑うことはしない。
それは当然のことと理解されていた。
しかし、ジルの感情はそうはならなかった。
三級の
その姿に神父は首を傾げながらも、ジルに声を掛けることはなく淡々と儀式を進行していく。
ジルは天職を聞いてから教会を後にするまでのことをあまり覚えていなかった。
それだけ、三級の剣士という職業が嫌だったのだ。
とぼとぼと扉の方へ歩いていくジルの姿を、神の像はただただ見下ろしていたのだった。
外ではメリが笑顔でジルを迎えてくれた。
その時にはジルも軽く笑みを浮かべる。
しかし、ジルの表情が儀式を受ける前と後で明らかに異なっていると気づいたメリは心配そうに声を掛けた。
「ジル、どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
──天職を疑わない。
そのことが、メリにもジルの気持ちを理解するに至らなかった。
「ねえねえ、聞いてよ! 私の天職、二級の
「……そうか、二級か。よかったじゃないか」
「……ねえ、本当にどうしたの?」
無理やり笑っているジルに、メリは少し怒ったように質問する。
「……俺の天職、三級の剣士だったんだよ」
そこで、ジルは自分の天職を口にしたのだが──
「三級かぁ。でも、ジルはずっと戦闘職に就きたいって言ってたし、良かったじゃない!」
メリは三級というところには気にも止めずに、ジルが望んでいた戦闘職というところにだけ注目している。
一方のジルは、どうして三級なのに良かったなどと言えるのか、自分の感情が分からなくなっていた。
事実、ジルも天職は絶対だと思っている。そして、そのように教えられて育ってきた。
特に一級の真似事をした三級の戦闘職が魔獣に殺されてしまう話は学校で何度も聞かされてきたのだ。
疑いたくはなく、事実を受け止めようと脳が働いている。
それでも、ジルの心は三級の職業に納得することができずにいた。
「……そうだな、ありがとう」
結果、それだけしか呟くことができず、メリもこれ以上声を掛けることができず、無言のまま家路についたのだった。
※※※※
家に帰ったジルはすぐに部屋へ入り、一人考えることにした。
後から帰ってきた両親が外から声を掛けたものの、ジルはしばらく一人にしてほしいと伝えて出てこない。
外にいる両親の表情は分からなかったが、やはり何故引きこもってしまったのかは両親も理解できていなかった。
「……剣士、かぁ」
戦闘職に就きたかったのは事実である。
国を守る騎士になって名声を高めたり、世界を飛び回る冒険者になって様々な冒険譚を作り出すことにも憧れた。
だが、剣士ではどちらも叶わない。
国を守る騎士には二級の職業からしかなれず、冒険者には職業関係なくなれるものの剣士では最低限の生活費くらいか、少し贅沢するくらいしか稼げない。
他の選択肢を探るとなれば、ここパペル村で衛兵になるくらいだろう。
ジルの中では冒険者一択なのだが、それでも冒険者になってからの未来を考えると、さらに別の選択肢を探るべきではないのかと考えてしまう。
「……はぁ」
どれだけ悩んでも答えは出ず、ただただ時間だけが過ぎていった。
※※※※
その日の夜、母であるリアナ・アッカートが天職を得ることができたお祝いで豪華な料理を作ってくれた。
父であるラインハルト・アッカートは神父からジルの天職を聞いたその足で村の鍛冶屋へと向かい、一振りの剣をプレゼントした。
「おめでとう、ジル。今日はたくさん食べて、明日から剣士として精進するのよ」
「これは、村の鍛冶屋に頼み込んで打ってもらった最高の一振りだ。高かったんだぞ?」
リアナは満面の笑みを浮かべ、ラインハルトは冗談混じりに声を掛ける。
「母さん、父さん、ありがとう」
お礼を口にした気持ちに嘘はない。
しかし、いまだに気持ちの整理がついていないジルの表情は暗いまま。
そのことが不安になり、リアナがどうしたのかと問い掛ける。
「ジル、教会から帰ってきてからずっと塞ぎ混んでいるようだけど、どうしたの?」
ジルは自分の悩みを打ち明けるべきかどうか悩んでいた。
天職を疑っているのかと思われるのもあるが、一番は二人の職業にあった。
リアナは二級の生産職である
二級の職業に就く二人に話をして、この悩みを理解してもらえるのかが不安だった。
それでも、ジルは打ち明けることにした。
「……俺、三級の職業が、嫌なんだ」
剣士という職業に不満があるのだと、はっきりと伝える。そうすることで何かが変わるわけではないが、少しくらい気持ちが楽になってくれるのではないかと思っていた。
だが、両親の反応はジルの思っていたものとは異なるものだった。
「ジル、何を言っているの?」
「天職は何を差し置いても優先されることだぞ?」
実の子供の悩みであっても、天職を疑うということはあり得ないことだった。
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