第9話 黒い翼


 水は所々に置いてあり、それを飲むときにだけ立ち止まり、私は本当にただ進んだ。歩みは遅くなるどころか、どんどん早くなっていったが、やはり水を飲むだけでは足りないのか、体のいたるところが裂けて、血がにじんできているのを感じていた。


「痛いなどどは言ってはおられない」


私も想像はついていた。

ウサギの昼寝はきっともうそろそろ終わってしまう、そうすれば今まで私が道に落としてきた汗も、少しの血も、すべてが走り踏まれ、かき消されてしまう。

そして私を軽々と追い抜いた時、きっと、見るもおぞましいような笑みをウサギは浮かべ、私だけではない、きっと他のカメたち、その子たちにまで、暴言を投げつけるだろう。


「嫌だ! そんなことはあってはならない! 絶対に」


私は道を進んだが、また道の端に水があった。

「もう、飲んでいる暇はない」

それには見向きもせず、私が歩いていると、急に

「バシャ」っと空から水が降って来た。

見るとカラスがあの器をつかみ、私の上に雨のように降らしてくれたのだ。なるべく私の頭にかかるようにしてくれた、このカラスに、私はきっと命の終わるまで感謝をするだろうと思った。


「ありがとう、カラス氏」

「急ぐんだ、そろそろあいつが目を覚ましそうだ」


小さな声で囁いたので、近くにいた小鳥たちはただカラスが

「真剣なレースに水を差すようないたずらをした」

と鳴いて、観衆の方に飛んで行ってしまった。

「誤解されてしまったね」

「いいんだよ、慣れている。我々の賢さはそう理解されるものではないから。さあ、この丘の向こうだ! がんばれ! 」


 優しい黒い翼は飛び去り、私は急いで小さな丘に登った。その先には、一本の大きな木と、たくさんの動物たちの姿が見えた。






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