第8話観客たちの動き


「ハハハ、先に行っているよ」


 他のウサギやネズミ、タヌキたちは今日は人間が現れることのない道を、ウサギを追いかけるように堂々と走り始めた。競技者よりも観客の方が足が速いなんておかしなことだろうけれど、結果の分かりきったレースを、彼らなりに楽しんでいた。


一方、私の仲間のカメたちはと言うと、この道を少し下りたところ所にある、小川で泳ぎ始めた。川の流れに乗って泳げば、ゴールとなる地点まで先に行くことができるからだ。


「ああ、何てよく考えていてくれることだろう。もし私が勝っても、同じカメの仲間の賞賛が無ければ、悲しいだろうと考えての事なのだ。彼らは心も正しい。そうだ、何故冷たいなどど思うのかだ。それは我々の恐怖からでしかない。そう、私には彼らに対する恐怖は全くない。負けることなど考えてはだめだ。さあ、歩くんだ、最速で、決して怠けてはだめだ。今日のこの時間の一瞬こそが、私の人生で最も重要な事なのだ。私はカメであっても、他の動物に比べればのろまではあっても、怠けることはしない。怠けて死んでいったものをたくさん見ているから。そして相手を罵倒することに生きがいを感じている、あのウサギを懲らしめるためにも」


私は歩き始めた。それは私たちを襲うものの姿を見た時に、すぐさま水の中に隠れるほどのスピードで、それを保ったまま、もう誰もいない道を歩いていた。


「誰も見ていなくても、やるんだ、信じるんだ。心無いものに打ち勝つために」


体は疲れることを知らなかった。


 

 一時間以上歩いた所で、私はさすがに徐々に体の異変に気が付き始めた。息が切れ体が乾き、どこかの皮膚が切れているのもわかった。しかしそれと同時に目に入ったのは、あの人間の畑だった。


「ウサギは本当にこの中に入ったのだろうか、もうとっくに先にゴールしているのかもしれない」

初めて不安がよぎったが、まだ頭は冷静だったのか


「もしそうであれば、何かしらの声が、歓声が聞こえてくるはず。いまだにそれが聞こえていないということは」


 静まり返って、虫の声に耳をすませたが、その中に別の音が混じっているのに気が付いた。


「フーフー」という寝息と「カサッ」という寝返りの音


少しだけ首を伸ばしてみると、きれいに植えられた野菜の隙間から、ちょっとだけ薄茶色の毛が見える。


「眠っているんだ! ここはそっと・・・そっと・・・」


ゆっくりと足音を消すように、自分の呼吸も最小限に抑えて、とにかく音を立てないように気を付けた。


かなり離れても、その畑から何の変化みることはなかったので、私は安心して歩き始めると、なんと道の際に何かがある。


「これは、人間の作った器じゃないか! その中に水が!!! 」


ここ数日雨は降っていない。だとすれば、これは計画者が私のために用意しておいてくれたものに間違いないだろう。


「ありがとう、ありがとう」


そう言いながら私は水を飲んだが、空にタカの姿も、カラスも姿もなく、辺りは作られたような静寂が支配していた。これも彼らの作戦の一部であること、できるだけウサギを長い時間眠らせるために準備していることに違いない。


「なんと素晴らしい、美しいまでの計画だろう。さあ、がんばろう、目を覚ます前にどれだけいけるかだ。まだ半分も行っていない、だが元気を取り戻せたぞ」


 私は畑を再び見ることもなく、地面だけを見つめて、歩きやすい所をひたすら進んだ。



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