第28話:俺が持ち得ない感性の盲点


「たっだいま~」


「慧さん、おかえりなさい。今日はぬいぐるみですか?」


「ん?ああ、これな。家出した女の子の私物だよ。成り行きで預かったんだ」


「そうなんですか。あ、晩ご飯の準備出来てるので冷めないうちにどうぞ」


「いぇ~い!ありがたくいただくぜぇ~!」


いつもどおりおいしそうな食事が並べられている。頂きますと一礼をする。




俺は今日の事を思い出していた。誰かが自分の帰りを待っている事。


それが普通のことのようで実は特別なこと、とても大切な事なのだと。


「・・・なんつーか、いつもありがとな」


「・・・?どうしたんですか?急に」


「いや、なんとなくね」


「・・・私の方こそいつもありがとうございます」


「・・・暖かいうちに食べないとだな」




そういって食事を始める。食べ終わってから彼女に今日の事を話し始める。


4件の家出の関連性、俺の推測、一番最初に居なくなった少女の家庭の事情、そして―


「たぶん明日には居場所がわかると思う」


杏莉さんはなにか考え事をしている。やがて自分の考えをまとめ終えたのか話し始める。


「なんだか誘拐というより、保護をしているような感じですね」


「・・・え?」


俺は自分が考えもしなかったことを言われて驚いた。


「いえ、なんとなくそんなふうに思っただけなんです。特に一番最初の女の子の話を考えると・・・。傷ついた女の子たちに手を差し伸べてその場から救い出してあげてるような気がして」


俺は犯人が私利私欲のために誘拐をしているのだと思っていた。


しかし杏莉さんにはそうは思えないらしい。


「・・・家出を偽装したのは犯行を隠すためじゃなくて、実際に家出を支援して少女達をかくまっている、って事か?」


「ええと、実際はどうなのかはわからないですけど、誘拐をしている人は本当は彼女たちのためにしてるんじゃないかって思って」


「・・・君にそう言われると、何故だかそうなんじゃないかって思えてくるな」


「でも、本当に悪い人なのかもしれないですし・・・」


「まぁ・・・そうだな。とにかく明日の調査ではっきりすると思うよ」


「そうですね、女の子たちが無事に見つかるといいですね」


「ああ、そうだな。さて、そろそろ帰るよ」


「はい、今日も一日お疲れさまでした」


いつものように一人と一匹に挨拶をしてその場を後にする。




杏莉さんが言った言葉が妙に心に引っかかった。


犯人が完全な悪人ではないのかもしれないと言う事。


とはいえ仮にそれが事実だとしても犯人が行っていることを容認する訳にもいかない。


気持ちを切り替える。楽観はできない。


常に最悪の状態を想定していなければ足元をすくわれる。


明日は必ず少女達を見つけ出して見せる。そう固く心に誓う。

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