第6話:そして俺は名乗り出す
間違いない、雪の中に立ち尽くしていたあの美しい女性だ。年齢は20代前半だろうか。
手にはスーパーの袋を持っている。ちょうど買い出しから帰ってきたところのようだ。
改めて見直してみると童顔で可愛らしく、学校の同学年の中では断トツ一位に輝けるような端整な顔立ちをしている。
目は二重で曇りのない透き通った瞳をしていて、髪は腰のあたりまで伸び、美しく
コートを着ていて詳しくはわからないがスタイルもよさそうだ。
「君は昨日の人か。確かに傘を渡したのは俺だな」
「よかった、間違ってなくて。あの、宜しければ事務所に来ていただけませんか?昨日のお礼がしたいので」
「えっ、いや、お礼・・・かぁ、ん~じゃぁ有り難く受け取るとするかな」
「お礼といっても大したことはできないんですが・・・」
そういってそそくさと事務所のドアの鍵を開け中に入っていく。
扉を開けてすぐに階段が見えた。右手にはドア、その隣に傘立てがある。
「あの・・・頂いた傘、その・・・なくなってしまったんです。ここに立て掛けておいたはずなんですが・・・」
「あ、ああ、気にしなくていいよ、タダ同然の傘だったし」
急ごしらえで作ったせいか溶けてなくなってしまっていた。
傘立ての下に水たまりが出来ている。
「今からお昼ご飯を作るつもりだったんですけど良かったら食べていってください」
「え、マジで?いいのかよ?」
それなりに空腹感はあったがそこまでしてもらっていいのだろうか?というか初対面なのにそこまでするのか?
「いいですよ、材料をいつもの癖で多めに買ってきてしまったので」
そう言うと彼女は右手にあったドアを開け放つ。そこは事務所の応接間だった。
部屋に入って左を見ると2、3人座れるであろうソファがあり、それと対面する形で一人用のソファが並んでいて、ソファ同士に挟み込まれるように足の低いテーブルが置いてある。
テーブルには新聞とメモ帳、数本のペンが置いてある。
その向こう側、部屋の壁沿いに雑誌や新聞などが収められた棚がある。
入ってきたドアの正面にはもう一つドアがある。
「急いで作りますから、少しここで待っててくださいね」
そういうと彼女は応接間から出て階段を駆け上っていった。
帽子とコートを脱ぎ、大きいソファに腰掛ける。
座り心地は中々のもので、ここから動くのが
おそらくその向こう側には、探偵家業で使うであろう資料などが置いてある部屋があるのかもしれない。そうすると彼女は探偵なのだろうか?そうには見えないのだが。
俺は昨日のことを思い返していた。
彼女の涙と探偵事務所、何か関わりがあるのだろうか?
二階の居住スペースで料理を作れる、ということは彼女はここに住んでいる、もしくは手伝いをしているといったところだろうか。
前者の場合であれば探偵は両親のどちらかという気がする。
後者であればここの主が雇っている、もしくは交際―
そこまで考えると先程のコンビニの女性の件を思い出してしまい思考を中断せざるを得なくなる。
(いや別にそういうつもりでここに来たわけじゃ・・・1ミリもないワケじゃないが・・・ないはずなんだが・・・なぁ~!)
全身についたホコリを手でパタパタと払う。まったくホコリなど付いていないのだが。
仕方なく普段は見ない新聞に手を伸ばす。
どうやら地方紙のようでこの付近の事柄が書かれている。
(火災が多発、放火の疑いあり。少女失踪、手がかり見つからず。謎の不審死、自殺か他殺か?世の中荒れてんな)
この町の付近でも物騒なことが起きていることに少々驚く。
そんなことを考えていると応接間のドアが開いた。
「お待たせしました。お口に合えばいいんですけど」
目の前に美味しそうな料理が二人分ならんでいく。思わず唾をのんだ。
「え・・・これ君が?一人で?」
「そうですよ、冷めないうちにどうぞ」
頂きますと一礼して箸を伸ばす。すると俺に電流走る―
「こふぇふぁうまふぃ!ふぉふぐっぅんんぐ!!」
「だっだいじょぶですか!」
あまりの美味さに歓喜の声を上げるが、食べたものが
お茶を差し出されたので慌てて飲み干す。
「いやぁ!これはうまい!とくにこの味噌汁が最高だ!毎日飲みてぇ!」
「あはは・・・あまり急いで食べると体に悪いですよ?」
そういわれ、ゆっくり味わって食べることにした。
それにしても美味い。生きててよかった。涙が出てきそうだ。
彼女の顔をちらっと覗く。料理のことを褒められたのが嬉しかったのだろうか、微笑みながら自分の分を食べている。
料理を食べ終わり、心も腹も満足した。俺はごちそうさまと一礼をし、椅子に深く座りなおす。食べ終わってから少しして疑問だったことを尋ねる。
「そういえばこの事務所の探偵ってだれなん?君じゃないよなぁ?」
「ええ、ここは私の父の事務所ですね、今は不在ですが・・・」
そういうと彼女は下を向いて悲しそうな顔をしている。
「お仕事の依頼でここを尋ねてくださったのですか?」
「いや、実際に探偵事務所を見たことなかったから気になって足を止めただけだよ」
事実の半分を伝える。もう半分は魔法のことだからでもあるがストーカーのような内容なので流石に口にはできない。
「そうだったんですか。確かに探偵というのは珍しい職業かもしれませんね。父は私が生まれる前から探偵をしていたらしいので私からするとそんな父を見て育ってきたので身近なことだと思ってます」
育ってきた環境によって人の常識は変わるものだ。恐らく彼女は父を、その仕事ぶりを尊敬しているのだろう。
「今は仕事で調査にでも出てるのか?」
「ええ・・・そのはずなんですが・・・」
そこまで言うと彼女はまた悲しそうな顔をしている。何となく話が見えてきた。
「いつ頃帰ってくるんだ?」
「それが私にも分からないんです・・・二週間ほど前に出かけてから一週間の間は連絡がきていたんですが・・・数日連絡がなかったことは過去にもあったんですが、一週間は初めてで。私すごく不安で・・・。昨日は父が帰ってきた気がして一階まで下りていったんですが、誰も居なくて。それでいてもたってもいられなくなってしまって・・・。今考えると馬鹿なことをしてたなって思うんですけど、必死に走り回って探していたんです」
「なるほど、そういうことだったんだな」
「そこであなたと・・・偶然出会ったんです。だから父がいつ帰るか分からないんです。そういえば自己紹介がまだでしたね、私は
あなたと口にした時に名前を聞いていないことを思い出したのだろう。
名乗られたからには答えない訳にはいかない。遅い自己紹介になってしまったが。
「俺の名は岩﨑、
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