夏を食う
「今年の夏、暑すぎない?」
「それ、毎年言ってるよね」
「これからもずっと言い続ける」
「どうせずっと暑いよ」
強い日差しが肌に刺さる。目を細めても、目が焼ける。
風を吹いても熱風。ロウリュウのごとく、体を焼いた。
外にいるだけで低温調理されそうだ。
「ねぇ、やっぱり暑いよねぇ、このままだとこんがり焼けちゃいそう」
隣の彼女が、汗で濡れた首もとをボリボリと掻く。毎年暑い時期になると、汗疹で肌が荒れて大変そうだ。
はぁ、と吐かれるため息ですら、暑く湿っていた。
「何でこんな熱波の夏に、呼び出されたんですか? 私は」
私が尋ねると、前を歩いていた彼女が振り返った。よれたTシャツの襟元でパタパタと扇いでいる。
「暑いじゃんかぁ」
「……はい」
「だからぁ」
「そうですね」
「……私の話聞いてる?」
私が緩慢に頷いていたのを、彼女が咎める。
一瞬険しいかおをしていたが、暑さのせいで怒りはすぐに蒸発したようだった。
「夏を食いにいこうと思ってさぁ」
と彼女がポロリと教えてくれる。
支離滅裂な発言に、とうとう彼女の脳ミソが蒸発したのかとじろりと見返してしまう。
彼女の方はヘラヘラと笑いながら、抜けるように青い空を指差していた。
暑さに少しぼやけた青空と、視界の端には白い雲が見える。眩しいそれが憎らしかった。
脳の湯だった彼女に黙ってついていく。
口を開くと、暑い空気が入り込むので穴という穴を塞ぎたかった。
五分ほど住宅街を歩くと、太い道に行き当たる。その曲がり角に、青い布地にに赤い文字で「氷」と書かれた旗がぶら下がっていた。白旗ならぬ、青旗だ。
彼女が意気揚々と店内に入ったのに続く。扉に近づくだけで、冷気を感じた。
扉が開くと、足元からヒヤリとした空気が撫でた。
こぢんまりとした店内は、閑散としていた。
一番手前の席につくと、奥から腰の曲がった女性が水とおしぼりを盆にのせてやって来た。
冷たい水を飲み干しているうちに、対面の彼女が
「じゃあ、ブルーハワイスペシャル二つ!」
と元気に注文していた。有無を言わせないらしい。
腰の曲がった女性が、チェック柄のかわいいエプロンからメモ帳を取り出して注文を書き付けると、店の奥に消えていった。
「なんだ、夏ってかき氷のことだったんですね?」
「バカバカ、普通のかき氷じゃないんだって。ブルーハワイスペシャルだよ」
「ブルーハワイのかき氷ですよね」
「違いのわからんやつだなぁ」
彼女は自分の主張が伝わらないので、不満げに唇を尖らせた。
かいた汗が急激に冷えて、Tシャツは冷たくなっている。水を全身に浴びたようだった。
彼女は、冷たい水を首もとにあてて汗疹の手当てをしている。
私は店内に張り出してあるメニュー表を見ていた。多種多様なかき氷の名前が書いてある。私は『白玉宇治抹茶850円』が気になった。元々800円だったものが、手書きで850円に直されているのが味があって良い。
一番人気はイチゴ練乳、おすすめはブルーベリースペシャルらしい。ちなみにブルーハワイスペシャルは壁のメニュー表の一番端だった。
「かき氷のシロップって、色と匂いが違うだけで、味はみんな一緒らしいですよ」
「そりゃそうでしょ」
彼女があきれたように言った。
「人間だって顔が違うだけで中身一緒じゃん」
「まぁ……そうですね」
「夏だって気温が違うだけで毎日一緒だ」
「確かにそうですね」
毎日暑いだけで、同じだ。
彼女の夏は暑い論理に頷かざるを得なかった。
そうこうしているうちに、件の「ブルーハワイスペシャル」が二つ到着する。
山盛りの削り氷の上に、鮮やかなブルーハワイシロップ。皿の縁には溢れんばかりのフルーツが飾られていた。
スプーンを握りしめた彼女は得意気だ。
「どうだ、夏色だろ?」
と窓の外を指差す。
青い空に白い雲。かき氷と同じコントラスト。
これが彼女の夏なのだ。
甘い氷は暑い体を冷やしてくれた。
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くだらないこと、いらないもの 八重土竜 @yaemogura
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