かえる

 暖かくなった。春がやってくる。

 陽光で温められた水の中で、ようやくオタマジャクシの呼吸が始まった。

 兄弟たちは沢山いた。黒くつるりとした体を寄せて、皆で集っていた。

 親の顔は知らなかった。ただ、同じ顔の兄弟たちがいた。

 水の際、身を寄せ合って陽を浴びる。温い水が心地よかった。

 時折いなくなる兄弟もいたが、皆同じ顔なので誰がいなくなったのかすぐにわからなくなった。

 あたりが温かくなると、だんだん体がむず痒くなった。

 しばらく泳いでいると、手足が生えたのが分かった。泳ぐのが遅くなって、水の中にいるのが難しくなった。水の中に居られなくなったら、オタマジャクシはどこに居たらよいのか。

 時期に、尾も消えた。

 尾がなくなったせいで、泳ぐのが難しくなったと感じるがどうしていいのかはわからなかった。気が付けば、兄弟たちの数は減っていた。

 水の外、陽光の光が輝いて眩しかった。そっと水中から頭を出した。水の外は眩しくて、思わず目を閉じた。目を閉じるのは初めてだった。温かい風が体をなでて、飢えているのが自分でもわかる。

 ちょうど目の前にいた愚鈍な芋虫を食べた。

 味は覚えていない。

 それからは、温かい外で過ごした。水のなかにいた頃は、あんなに寒い場所にどうしてずっといたのか思い出せなくなった。

 それからしばらく経った。

 体も大きくなり、陽光は暖かいのに、吹く風は凍えるほどに冷たくなった。

 飢えているのに、食べられず、芋虫の姿もめっきり見えなくなった。

 寒い、冷たい。

 冷たい、寒い。

 これなら、水のなかにいる方がいいと思って、水のなかに飛び込んだ。体は動きにくかったが、それでも水のなかの方がよかった。

 奥へ奥へと沈んでいく。

 水の底へたどり着くと、そこはまだ息をつけるくらいには温かかった。

 手足をつく地面が温かい。掘り返してみると土の中はもっと温かく、夢中で掘ってそこに収まった。

 体は動かしがたく、手足を畳んで土の中に横たわった。

 瞼を閉じる。

 土は冷たく、冷えていった。土の中は音もなく、ただただ冷たくなっていた。

 凍えるほど冷たい。

 体が硬く動かなかった。

 夢は見ただろうか。それは楽しい夢だろうか。

 そうして、カエルは土に還った。

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