嘘沼
「ここの沼の前で嘘をつくとばちが当たるんだってさ」
そんなことを言った彼女の口の動きに合わせて白い息が吐きだされる。
突然誘われたデイキャンプの片付け途中のことだった。
使用した鍋やら鉄板やらを洗って、冷水にかじかむ手をこすり合わせているちょうどその時だった。
目の前にはほとんど乾いた窪地がひれ伏している。
突然何を言い出すのかと前を歩く彼女の方を見やった。
視線を感じたのか彼女がくるりと振り向く。
「嘘をつくとばちが当たるんだって」
「うっそでぃ」
もう一度繰り返すその目は胡乱だ。その辺にあったきのこを秘密で入れてしまったのがやはり効いてきたかと思っていれば、彼女が顎をしゃくって私の背後を指した。
振り返ってみれば風呂ぼけた看板が一本。数歩後退すると、掠れた文字がようやく読み取れた。
『(掠れて読めない)沼
その昔、嘘つきな村人が女性を騙して結婚をしました。
女性は騙されたまましばらく嘘つきな村人と暮らしていましたが、他の村人から騙されていることを聞きました。
沼の前で女性がそのことを問い詰めると、男性は嘘をつき続けました。
しかし、その瞬間。男性が沼にのまれてしまいました。
それからこの沼は裏〇沼と呼ばれ、地域の信仰を集めました』
どこかで聞いたことあるようなないようなぼんやりとした謂れ話に鼻白んだ。
さびれた看板の奥には乾ききったくぼみしかない。今の信仰を見ているようだ。
看板から視線を戻すと、前の彼女が沼の方へと向いている。
「私は男」
あたりはしんと静まり返っている。
彼女の呼吸に合わせて空気が白く濁っていた。
「人を殺した」
私の一言に彼女が音がするほどのスピードで顔を向けてくる。
沼は静かに横たわっていた。
「……冗談だよ」
「だよねぇ~」
横目で目を丸くしている彼女の顔を見て心の波はようやく凪ぐ。
「寒いから早く片付けて帰ろう」
「帰りに日帰り温泉行こうよ。来る途中にあった」
「いいねぇ」
と彼女が答えて手に持った焼き網を軽く振り回しながら歩き出したその時だった。
――ごつん
鈍い音がして、彼女が蹲る。
振り回していた焼き網が脛に直撃したらしい。
「だいじょぶ?」
「~~~」
声にもならないようで、蹲る彼女の背をさすりながら私はもう一度沼の方を振り向いた。
沼は変わりなくそこにいた。
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