夏の影
三年に一度人が死ぬ。
今年で二十四だ。この夏にまた人が死ぬに決まっている。
平成最後の夏は、残念なことに三の倍数だ。
中学校三年生の夏だった。ちょうど夏休みに入る前。あのソワソワとした時期に私の祖父は死んだ。そのために私は一週間も早く夏休みを迎えることになった。夏休みが終わった頃には誰もかれも私の祖父の死を忘れていた。
高校三年生の夏だった。夏休みに入る三日前。もう友人たちと最後の夏休みをどんな風に使おうかと話しあっていた時だった。島を渡る大きな旅行をして、私は夏休み最後の制服を着た。
大学三年生の夏だった。夏休みの中盤のうだるような暑さの日に私の友人が死んだ。出産に伴う大量出血だった。静かなはずの葬儀には子供の泣き声が響き渡っていた。私は初めて喪服を着た。
その前にも三年に一度人はいなくなっているし、それから先もいなくなる。
久しぶりに会った友人との会話には存外困らないもので、話したいことは意外と多くある。例えば最近行った場所とか、食べたものとか、見つけたおいしいラーメン屋さんとか。だが、残念なことに彼とは久しぶりというわけではない。たったの一週間だ。先日一年ぶりに会う友人がいたものだから、彼との間など小指の先にも満たなかった。
「虚ろな顔してるね? 暑い? クーラー下げる?」
「いいや? そんな感じじゃない」
私がアールグレイのアイスティーを飲むと、彼は頭を上げた。
窓の外は眩しいくらいに明るいが、少し遠くに目を凝らせば、地面がゆらゆらと踊っていた。影は濃く、くっきりと温度の差を見せている。影の中には人がわらわらと集まっていた。
私がペンを置いたのを見て、彼は斜向かいの席に座った。
きっと見つめあうのはきついのだろう。
これ以上気温が上がるのは私も困る。
「きっと今年も何かが起きる」
「何それ? イベントのキャッチコピーみたいな」
「そんなに素敵に聞こえる?」
「うん」
私のひと夏の杞憂を彼は素敵だと宣って、自分の手元にアイスコーヒーを引き寄せた。彼とはコーヒーの趣味がまるっきり合わない。
だが、ラーメンの好みだけはドンピシャだった。
「何か不安があるの?」
「……んー、いいや? 得には。ただ、今年の夏は何も起きてないなぁと思って」
「何も起きない方がいいよ。だって、そうでしょ? 何かが起きると、それに対応するエネルギーが必要じゃない。君は基本的に不必要に省エネで生活してるんだから、それこそエネルギーを使わない方がいいじゃん」
「まぁ、確かに。間違いじゃない」
彼が手元に捨てられていた旅行雑誌をおもむろに開く。海の写真が大きく掲載されたそれは、中身も青い。
「でも、避けられないイベントってあるでしょ」
彼が言外に「例えば?」と促すので、私が考える。言われるとパッと出てこないのだ。
「ほら、義務教育の入学とか、まあ、今どきはみんな高校までは行くから、高校の入学も入るし、あとは……学生のうちの休みとか?」
「そんなの今の君には関係ないじゃん。もう社会人だよ。冷静になって」
「熱いから冷静になるのは無理」
芝居がかった言葉に私もわざと言葉を選んで首を振る。
彼がかみ殺すように笑って、ページをぺらりとめくる。プール特集と銘打って、よく聞く有名な娯楽施設が掲載されている。彼が一つに目をつけて指さした。
「うーん、プールでも行こうか? 旅行にも行きたがってたじゃん」
「確かに」
彼が指さすプールの隣の記事を指さしてやる。完全屋内型の方が絶対にいい。
「今年は何も起きなきゃいいわね」
平成最後の夏だった。
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