機織り

 私のおじいちゃんのおばあちゃんは鶴らしい。

 だからってどうってことはないのだけれど、私の家では時折機織りの音が聞こえてくるのだ。

 

タンタンタンタンタンタン……


 私が知っていることは、私のおじいちゃんのおばあちゃんは鶴ってことだけで、それ以上はおじいちゃんも教えてくれなかった。(厳密に言うなれば、おじいちゃんも詳細を知らないらしい。でも、これはおじいちゃんの嘘だということを私はなんとなく気がついている)

 彼女は私の家に恩返しをするために、家の人部屋を占領して機を織ってるんだそうだ。

 今日もタンタンタンと、縦糸に這わせた横糸を詰める音が聞こえてくる。

 おじいちゃんは、おじいちゃんのおばあちゃんである鶴の顔を見たことがないんだそうだ。

 もちろん私も見たことがない……と言いたいところなのだが、つい先日彼女の顔をたまたま目撃してしまった。

 それは学校の帰りで、家の鍵を開けている最中だった。

 

タンタンタンタン……タンタカタン

 

 いつもの画一的な音ではなく、どこか楽しそうな機織りの音が聞こえてきたのだ。

 おじいちゃんのおばあちゃんである鶴が使っている部屋は、南向きの私の家でも一番いい部屋だ。

 私は何気なくそちらの方に目を向けたのだ。

 何がいたか――そこには我が家で鶴と呼ばれているであろう人がいた。だが、彼女のことを全世界の人に鶴だと言って紹介しても、それが伝わることはないだろう。

 それは私の知っている鶴ではない。黒と白の顔に赤い帽子をかぶってそれではなく、黒髪に静かな黒い目の妙齢の女だった。だが、確実に鶴であった。

 顔立ちはよく、鼻がすぅっと通っている。形の良い唇が、どんな言葉を吐き出すのだろうと思うと鳥肌が立つほどに私は感動してしまった。

 その間動がどこから来るのか、それはよくわからない。きっとそんな説明など、その時の私には不要だったのだ。

 そんな酔いにも似た感動に浸ってる私の方を鶴がちらりと見た。目が合う――

 心臓が飛び出しそうになるほど跳ねる。緊張で胃がきゅっと閉まるのがわかった。

 その綺麗な、綺麗すぎる顔がふわりとほころぶ。体から汗が吹き出た。

 

「あ、あの……あのっ!!」


 体から飛び出しそうなほどの声を私は出してしまって赤面する。

 だが、鶴はまた微笑んで口を開いた。


「私のことを見たっていうことは秘密にしていて。私は姿を見られたことを知られてはこの家にいられない」


「あ、ハイ。ハイ!! 秘密……秘密にします!」


「元気な子だね」


 鶴の声は静かで、腹に響くようで、それでいて高かった。

 私の上ずった声に鶴はまた微笑んで、首をかしげる。


「秘密……だよ? 秘密。絶対にね?」


 秘密。彼女が与えてくれた言葉が私の中で反響して、頭が吹き飛ぶほどに私は興奮していた。


「でも、あれだね。私からだけのお願いじゃ何か片腹痛いね」


「あ、いいぇ……そんな……」


「それじゃあ、こうしよう」


 鶴が一人で頷く。

 そんな姿も綺麗だった。


「私がさっきみたいに変なリズムで機を織ったら君は私のところに来て? きっとまた会えるから……ん? これじゃ、またお願いみたいに――」


「いいえ! いいです!! っていうか、そっちのほうがいいです!」


「そう? なんていうか、君は変わった子だね。いいよ。それじゃあ、そうしよう」


「私はここにまだいるから、君は先に家に入って」


 鶴がそう言って私に手を振ってくれた。

 その手は鳥のそれだった。


 こうして、私は鶴とであったわけだが、私が家に入ってから鶴に恋をしてしまったと気がつくのに何秒とかからなかった。

 それから、私は毎日淡々と、それこそ機を織るかのように鶴への思いを募らせているのだ。縦糸と横糸を絡ませて、詰めて、形にしていく。

 鶴の顔をまた見たくて仕方がないのだ。

 次にまたあったときは今の思いを全て話すんだと言い聞かせ私は鶴からのお呼びを待っている。

 

タンタンタンタン


 いつもと同じ音が聞こえる。


タンタンタンタン


 画一化した。

 彼女の音だ。

 会おうと思えば今すぐにでも彼女と会えるのだ。彼女の部屋には鍵などついていない。

 あの怖気付くほどに流麗な、あの顔をあの笑顔を見ようと思えば、扉ひとつだけの障害だ。

 だが、私はその扉に手をかけない。おじいちゃんも手をかけない。

 あけたとたんあの鶴は南向きのあの窓から逃げていってしまうのだろう。

  


タンタンタンタンタンタンタンタン……



 淡々 

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