裸に剥かれたみかんの話
「いや、もぅあれだよね、本当にひどい。残虐だよね」
みかんは本当に不服そうに言って、シロップしか残っていない缶を見つめた。
フォークに突き刺されたシロップ付の体から、みかんの汁がたれる。私はそれを見て、血のようだと思った。
「僕だってあれだよ? 別に君が嫌いとか、憎いとかそんなんじゃないんだ。どちらかというと君は不幸な方だよ。たまたま開けたみかん缶に僕が入っていて、こんなな話を聞かされる訳だから。――まぁ、僕に勝る不幸者はいないだろうけどね――ということだから、仲良くしよう。そして僕の話を聞いてくれよ」
「…………」
「あれ? 返事は?」
「……………(みかんがしゃべる!)」
私の無言を肯定と受け取ったのか、みかんが少しの間を開ける。
「いや、もぅあれだよね。本当にひどい。酷いよ。悪逆非道だよ。こういう時こそヒーローが来てくれるはずだろ?」
「あなたにとってヒーローって何?」
「僕にとって都合のいい人間かな」
私は瞬きする。
「そもそもさぁ、僕たちの意見も尊重されるべきだろ? 意見を言える僕みたいなみかんもいるわけだし――まぁ、僕以外に見たことないけど――」
「会ってみたい?」
「ううん……? どうだろう――会いたいわけねーじゃんか、こいつ馬鹿じゃねーの――」
「会いたい?」
「いや、今はいいよ」
みかんは私の申し出を拒否すると、シロップに濡れた体を震わせる。
そして、「話を戻そう」と提案。
「僕たちは有無を言わされず人間の手で収穫されるわけだ。そして、身体の差別を受けてより分けられ、狭い部屋の中に閉じ込められて出荷。そして届けられた場所によりひどい扱いを受けるわけだ。僕の場合は無理やり裸に剥かれてシロップにつけられる……なんてひどい」
「……あなたが一番ひどい扱いを受けたの?」
「……さぁ? それは知らないよ。だって、僕は僕のことしか知らないからね」
「それじゃあ、あなたが一番の不幸者かしら?」
「ああ。僕が一番の不幸者さ。なんせこんなひどい扱いを受けてるわけだし、今君にこんなくだらない質問までされたんだから」
「ふうん、そう」
私の質問はそこで止まった。もうこれ以上考える必要はなかったし、質問すべきこともなかった。
私が黙ったのをいいことに、みかんはしゃべりだす。さっきよりも饒舌だった。
「本当に、君たちは最低だよ。愚かだ」
「……………」
「言い返すこともできないのかい? まぁ、いいけど。
僕は農園の木の上でこんな話を聞いたんだ。『ゼリーに入れられる以上の苦しみはない』ってね。それを聞いたとき僕はまだ若くて、身が絞られるような思いだったよ。その言葉を信じて、絶対にゼリーには入れられたくないと思った。でもその行動は愚かで浅はかだったわけだ。君たちみたいにね。なぜならば、僕が今みかんの缶に入っているという恐ろしい事実があるからね。本当に」
みかんはふぅ、と息をついた。
先刻まで滴っていたシロップが乾き始めている。
「僕の意見に君も同調しなくちゃいけないと僕は思っているのだけれど、君はその辺のことについてどう思っている?」
「え……?」
突然の直接的な私への問いの投げかけに私は驚きを隠せなかった。
そんな私を差し置いてみかんは話を続ける。
ぽとりと乾いたみかんの粒が落ちた。
「君は僕の意見を聞いたわけだし、君はどうせ意見を言わないんだろ? だったら、僕の意見に賛成しなければならないだろ? だって、この場にはひとつの意見しかなくて、二人の人間がいるんだし……」
「じゃあ、私が意見を言ってもいいの?」
私の言葉にみかんは驚いて一瞬震えたが、直ぐにいいよと答えた。
「私が思うに、あなたは私に食べられるべきだと思うわ」
「いや、もぅあれだよね。普通に怒るよね」
みかんは静かにそう言った。
「遺憾の意だよ、まさに。なんで君はそんなに自分勝手なの?」
「あなたに言われたくないわ」
「……まあ、百歩、いや、千歩譲ってお互い様なのだとしても君が――」
「あなたと同じ缶に入っていたみかんに、あなたは最後に残せと言われた理由が知りたかった」
「……?」
みかんがない首をかしげる。
「で、私は理解したわ。……あなたは?」
みかんの粒が落ちた。
「わからないでしょ? わからないでしょうね。だって本人が自分自身について何も知らないのだもの。どうやったってわかるもんですか」
「じゃあ、僕はどうやったらその理不尽の訳を知られるかな?」
懇願にも似た不思議な感覚が私の中に湧く。腹のそこからもじどうり声が溢れ出る。
「この理不尽の答えはここにあるわ」
「―――――――――」
口を開けると聞き取れない、いくつものみかんの声が飛び出す。けれど、みかんは納得したように震えた。
「そうか」
「どうする? あなたみたいにしゃべれるみかんに会ってみる?」
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