飼い犬にもある程度不満があるらしい

 ある日、いつも忠実だった飼い犬がポロリと不満を漏らした。


「この名前、すごく嫌なんですけど……」


「え?」


 彼女は普通のよりも少し小ぶりのゴールデンレトリーバーで、ちょっと頭が悪いが、それなりに私になついていた。

 そんな彼女のつぶやきを私は聞き逃さなかった。

 なんて言ったって、私は彼女のことが好きだ。


「なんで? いいじゃない、あなたの名前、とても素敵よ?」


「素敵って……それはあなたの観点から見たらでしょ? 私が周りの子からなんて呼ばれているか知って言っているの?」


「なに? ほかの子から名前のことでからかわれたの? それなら早く言ってちょうだいよ」


「そうじゃないわよ。ただ……」


「なに?」


「この名前! アホくさい『ヒカル』なんて名前で呼ばないで欲しいのよ! 私にはもうちょっとちゃんとした名前が――」


「どこがアホくさいって言うのよ。素敵じゃない、十分」


 私の言葉に『ヒカル』の顔が憎しみと怒りとその他もろもろで醜く歪む。

 一体何が気に入らないというのだろうか? いいじゃないか、『ヒカル』っていう名前。私はとても好きなんだけどな……


「あなた、本当に自己中心的な人間ね! なにを根拠に素敵だなんだと!」


「だって、周りのみんなはあなたのこと『ヒカル』って呼んでいるじゃない」


「誰がそれで満足したといったのかしら? 私はちゃんとした名前があるの!」


「あの名前はとても長いじゃない、それに可愛くない! だから『ヒカル』の方がいいわ!」


 二人の声が自然と大きくなっていく。


「もう、本当にあなたわかってないわね! 私はあなたと同じ『ヒカル』と言う名が嫌なの!」


 犬の大きな遠吠えを目障りに感じた私は『ヒカル』を蹴っていた。

 その途端彼女は大人しくなった。


「この*****」


 そんな罵りが聞こえた気がしたけれど、すでに私は彼女に興味がなかった。

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