音しかない誰かがそこにいる
カサカサ……と耳元で葉が擦れるような音がした。
(まただ)
私はそう思いながらいつものように左斜め後ろを見やる。
しかし、いつも通りそこには誰もいない。だが、音は続いていた。
(いつも通りだわ)
この音が聞こえ始めたのはいつごろだろうか? ごく最近だった気がしたし、もしかするとずっと幼い頃からだったかもしれない。ただ、その音を意識し始めたのは最近だった。
よく聞こえる時間帯は午後。抑鬱な授業中、ふと気がつくと聞こえてきている。
教師の理解不明な解説のなか、私は果てしなく続く外界をシャットアウトすると、自分の殻の中に篭ってしまう。この中は見知らぬ相手に思いを馳せるには快適なのだ。
ここ最近の楽しみといえばこれくらいになってきている。
私は音だけしかない自分の傍にいる誰かがどんな人物なのか想像するのがほぼ毎日の日課になってきていた。
彼――いや、時には彼女でもあるが、今日は彼と呼ぶべき性別だ――はほぼ私の理想を叶えることとなる。
身長が高い知的な年上。今日はそんな感じであった。
そうやって思いを馳せているうちに彼は私の中でじわじわと形をなしていく。
左斜め後ろ……彼はそこに立って私のノートを覗いている。
ただ、何も喋らずそこにいるのだ。
しかし、彼は所詮彼。誰にも見えず誰にも聞こえない。
カサカサ……
再び音がした。彼が形を変える。
今度は小学生くらいの可愛らしい女の子だ。
彼女も何も言わず私のノートを覗き込んでいる。
しかし、私は彼らの顔を見たことがない。
まあ、当たり前と言えば当たり前。仕方がないことだ。
彼らは私の中でただただゆっくりと息づいている。
「………おい! ****(私の名前だ)!」
「あ、ハイ……」
教師が怒ったように私の名を呼んだ。
私の耳元で音がした。
「三問目、答え、わかるか?」
「え? あ、ハイ……」
三問目? どこ……?
56ページ……真ん中の方だよ……
「ああ、えーと……√6……です」
「正解だ」
……私にページ教えたのって、誰?
私はまた左斜め後ろを見やるが、そこには誰もいない……
さて、再び殻にこもって未だ見ぬ人に思いを馳せるか――
私のそばには音しかない誰かが佇んでいた。
「……****」
誰かがそう名を呼んだ。
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