第72話

団長がポケットの袋から取り出した小ぶりの金貨。

 学校側も盗まれたものも大したものではないので大事にするつもりはないが、生徒がいるので侵入には対応したいという訳で頼んだだけ。

 なので金貨は隊長に証拠として渡した。隊長としても一応の調査をして返却するつもりだが、こんな子供の人形遊びに使うおもちゃのような金貨を返されても困るだろうとも思っている。

 金貨と言っても「一応金が使われているようだが」程度。責任者として大金を扱う隊長や教頭が普段見ている帝国の金貨と比べると雲泥の差。

 だから学校は騎士団に渡したし、隊長は規則に従って袋には入れたがそのままポケットに突っ込んだという次第。


「よろしいですか」

「えぇ、盗人と関係があるかわかりませんが、事件が起きた頃合としては被りますからね。そっちは別部隊が調査しています」

 隊長はそんなことを言ったが教頭は上の空。

「これは、また随分と珍しいですね。大戦前の文字ですよ。ほかの者に見せていいですか?」

「えぇ、構いませんよ」

 そう言って教頭は一人の教師を呼ぶ。

「はい。なんでしょうか」

「これ、どう思うかな」


 普段は新人教師の常で職員室の受付を任せている教師だが、専門は帝国の歴史。

 首都の学校で歴史学を専攻しちょっとした本も出している優秀な男だが、研究一本で食っていけるほど金持ちではないし、本人も考える所があって教師になった。

「これは帝国がはじめて発行した金貨ですね。レプリカかなにかですか?この金貨のレプリカは見たことはありませんけど」

「珍しいのか?歴史的にではなく、金銭的に」

「歴史的にも金銭的にも非常に珍しいです。本物だとしたら、聞いた話ではちょっとした馬車と交換した貴族様がいるって話です。もちろん馬付きですよ」

 二人は驚く。

「そんな価値があるのか?」

 もっと質が良い現代の金貨5枚もあればその半分になるか、手数料や相場の変動も考えればおそらく半分もいかないだろうとは隊長の考え。


「えぇ、帝国に仕える方の前でこういうこというのは問題あるかもしれませんが、見ての通り作りが良いとは言えない硬貨でしょう。初代皇帝の顔もぼやけていてなんだかわからない。帝国を象徴する物がこれじゃぁ恥だ、ってことで初期の硬貨は後の時代、大戦がはじまる前くらいに回収され新しい硬貨に鋳直したんです。ですから今現存するのは辺境や外国の地で出回っていたため回収しそびれた物や、帝国が回収し倉庫に保管されたものが行政手続きのミスなどで放置された、もしくは帝国の歴史を語るものとして保管されたものです。その中でも金貨はそんなに出回っていませんでしたし、回収や鋳直しの際も重点的に行われましたからほとんど現存していません。博物館や貴族の館などで保管されている物はありますが、それ以外ではでは出回ることも少ないですから、歴史的価値も高ければコレクターの金銭的価値も高いんですよ」


 新人教師はそんなことをペラペラと説明した。

 一つ聞けば10、20と返すこういう性格なので生徒から若干ウザイと思われているのは本人には内緒である。


「はぁ、なら鶏や鍋なんぞなら十分おつりが来るわけだ」

 そう言って隊長はさっきよりは丁寧に硬貨を取り扱い、持っていた鞄の中にいれた。

「レプリカの類じゃないか?」

「そこまではわからないので、専門の先生に聞いていただきたいんですが。ただ見ての通り美術的価値ってなるとあまりないのであえてレプリカを作るって話は聞いたことがありません。偽物の可能性は、専門外ですので断言はできかねますね」

「金貨の贋作はなぁ」

 これについては隊長の方が専門家。

 金貨を一から偽造するにはそもそも金を仕入れる必要があるので元手がいるし、貨幣として高額なのでチェックも厳しい。流通量が少なく好事家に鑑定が行われるこういった金貨ならもっと発覚のリスクが高いだろう。

 金貨を溶かして鉛などで水増しする手法や銅で作った硬貨を魔法で金貨な見せる手口などは隊長も知っているが、それにしてもこのような金貨をあえて一から作る必要はない。取引先を考えれば現代の帝国で流通している金貨の方がいいだろう。

「妙な事件ですね。どうにも」

 ついつい考え込んでしまった隊長は教頭にそんなことを言った。

 その時職員室のドアが勢いよくあく。

 そこにいたのは赤毛の彼女。


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