旅する函職人

 多くの場合、立体ホログラム映像の技術は、動態画・静止画の別を問わず、現実の風景を撮影して記録するために使われる。

 しかし、ホログラム映像の記録に用いる多板回折レイヤーにコヒーレント光筆スタライトで直接描画してやれば、架空の立体像を作り出すこともまた可能だ。

 古くは戦争アトミックの直後から、立体像を描く特殊技術を持った函職人ホロチザンと呼ばれる人たちが、大小さまざまなホロブリックやホロドームの中に、各々の頭の中にある世界を再現することに情熱を捧げてきた。


 現代のこの世界でも、何人もの函職人ホロチザンが活動を続けていた。彼らの作品のうちでも、最高峰のものは芸術として扱われる。しかしその多くは、雑貨や土産物という扱いで、安価に売りさばかれることになった。

 まだ見習いの函職人ホロチザンだったベネットの作品も、本来ならワンコインショップの陳列棚にでも並ぶような扱いのはずだった。

 だが、彼が個人的にこつこつと作って発表した、あるシリーズ作品が予想外の高い評価を得たことから風向きが変わった。


 それは、旅客用大型飛行艇クリッパーを共通のモチーフとした、手のひらサイズのホロブリック作品群だった。

 シティの絢爛たるビル群や川岸に並ぶ広告ネオンをバックに、夜の運河を行くふね

 郡部諸街区カウンティのどこかにある小さな港町、その外れにある静かな桟橋から今まさに出港しようとするふね

 南方へと向かって夜空を飛行中だったり、荒野に放置されて朽ち果てていたりと状況は様々だったが、ホロブリックの透明な直方体の中に封じられた大艇クリッパーは、どれも機体の質感が実にリアルに再現されていた。

 非銅系アルミニウム合金の鈍い輝きと、そこに無数に打ち込まれたリベットのざらっとした感触に、ベネットは特にこだわっていた。


 ところが、彼が属する工房ガレージは、見習い職人である彼が個人名で作品を発表することについて、厳しく禁じようとした。あくまで、工房ガレージ名前ブランドで売り出そうとしたのである。

 元々ベネットは、シティ当局の専任書記だった。若い頃にその仕事に就き、勤めること約二十年。

 大企業の傘下にある権力機構という矛盾の中で、組織の歯車として働くことに彼は疲れてしまい、ついにはその職を辞することになった。そして改めて、若い時からの夢だった函職人ホロチザンを目指したのである。

 なのに、結局のところ当局も工房ガレージも大した変わりはなく、個人としての彼を認めようとはしなかった。彼にとって飛行艇は自由の象徴である。それが、こんな扱いとは。ベネットは落胆した。


 もう、工房ガレージになど頼らない。そう決めた彼は、ホロブリックを詰め込んだジュラルミンのトランクをいくつもくろがね三輪の荷室に積んで、シティを離れた。

 全ての工房ガレージが加入する組合ツンフトの支配力も、郡部諸街区カウンティにまでは及んでいなかった。市場規模が小さすぎて、無視されていたというべきかも知れない。

 ベネットの作品は、行く先々で歓迎された。ホロブリックの流通は組合ツンフトに完全に統制されていて、シティの外部にまで商品が流れてくることは滅多になかったのだ。

 しかも、作品のモチーフとなっている大艇クリッパーは、郡部諸街区カウンティに住む多くの人々にとって、都会への憧れの象徴だった。だから、シティの風景とふねを組み合わせた作品は、特に人気があった。


 しかし彼としては、旅の途中で見聞きした様々な風景を立体ホログラム映像として封じることに、何よりの喜びを感じていた。

 巨大なクレーターの底に発展した街。珊瑚が採れる美しい湖や、一年中吹き荒れる嵐の中に重耐候アーケードを建造して住む人々。世界は不思議に満ちていた。

 旅先の宿の一室で、または時には郡部諸街区連接鉄道ディジーチェーン上級個室コンパートメントで、ベネットは愛用のコヒーレント光筆スタライトを手にして、それらの風景を何百枚もの多板回折レイヤーに刻み続けた。


 各地の風物を封じたそれらの立体ホログラム作品も、一部は現地で売りに出して、まずまず好評だった。だが、最も気に入った作品群については、ベネットは決して手放そうとはせず、手元に置いていた。

 ベネットのそんな活動は、五十代の半ばにして突然終わりを迎えた。旅先の小さな準区セミウォード迎春祭カルナバルのパレードを眺めていた時、彼は急に倒れ、そのまま帰らぬ人となったのだ。


 その頃には、函職人ホロチザンとしての彼の名声は確固たるものとなっていた。それでも彼は最後まで、自分の工房ガレージを設立することも、組合ツンフトに加入することも拒み続けた。

 家も家族もないベネットの遺品、愛車のくろがね三輪に積まれた数個のジュラルミントランクは、シティ当局の芸術文化担当官事務室オフィスによって引き取られた。

 彼が専任書記として勤めていた最後の頃に、新人として仕事を教えていた部下が、今ではちょうどその室長となっていた。


 トランクには、名高い大艇クリッパーシリーズのホロブリックが何種類も収納されていた。室長はかつての上司の才能に改めて感嘆しながら、それらを一つずつ自ら確認しては、保管品台帳に入力して行った。

 そして、最後のトランク。その中には、ベネットがついに手放そうとしなかった、あのホログラム作品群がぎっしりと詰まっていた。

 作業室の床にずらりと並べられたホロブリック。そこには、各地の美しい風物がそれぞれ小さく圧縮されて封じられていた。

 つまりは、広大な郡部諸街区カウンティが、その場に圧縮されて再現されていたのだった。そして、そこに並んでいるのは、ベネットの後半生そのものだと言って良かった。


 作品群は文化財に指定されて、広く知られることになった。ホログラム芸術の、まさに最高峰。

 それが彼の遺志に沿うことだったかどうか。今となっては知る術はない。

(完)


* 一年以上に渡って連載を続けて来ましたこの連作シリーズは、これで完結となります。次回予告はありません。お読みくださった皆様、どうもありがとうございました。

 ――メトロポリスで、またお逢いしましょう。

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