音楽は残った

 当局直轄主要道プライマリー第1号、別名南北幹線アーティリアルとも呼ばれる公設道路は、シティと南方とをつないで郡部諸街区カウンティを貫く、最重要幹線と位置付けられている道である。

 道沿いには、各種商業施設を中心に設計された人工の街が、いくつも新たに産まれていた。

 集約街区ユニットと呼ばれる、そんな新型の街の一つへと、ケンは愛車・くろがね三輪GTの助手席に、恋人のメリー・アンを乗せてやって来た。そこはシティに比較的近く、自走車を所有する人たちに人気の街だった。

 

 彼女のお目当ては、広大な倉庫の中で様々な洋服が安く売られている衣料市場クローズ・ウェアハウスだった。この店内に入ると、三時間は外に出てこない。

 一方、ケンはケンで、お気に入りの場所を発見していた。商業エリアの近くにある、洒落たダイナー。

 その店では、単にチョップド・ステーキやルートビアなどのおなじみの飲食物が提供されるだけではなかった。

 店内に、自動演奏機械オーケストリオンが設置されていて、ご機嫌なナンバーが常に流れていたのだ。ラジオ放送の普及で、いつでもどこでも音楽を聴くことが可能な世の中になっていたが、ノイズ混じりのその音質は、残念ながら決して良いとは言えない。しかし、演奏機械であれば、生演奏に迫るレベルの音楽を聴くことが出来る。


 衣料市場クローズ・ウェアハウスの駐車場から、くろがね三輪GTを少しだけ走らせて、ケンはダイナーへと向かった。

 暮れかかる空の下、建ち並ぶ建物の黒々と大きなシルエットが二つ、三つ、窓の向こうを流れ去り、そしてその向こう側に、頭上高く掲げられたネオン看板が見えてくる。「JAY’s ”MUSIC” DINER」、そんな筆記体のネオン文字が並んで、オレンジ、グリーン、マゼンダと派手に輝いていた。


 店に入ると、ちょうど壁際のオーケストリオンが、遥か昔の古典クラシックテクノ・ポップを演奏しているところだった。「TANCE」という名前のこの電子オーケストリオンは知る人ぞ知る傑作機で、古典時代の音を完全に再現することができるとされている。女性オペレータが時折、その前面に並んだ無数のダイヤルを調整したり、ケーブルを差し替えたりしていたが、たった一人の操作によって楽団並みの演奏が行われる様子は、何度見ても素晴らしかった。


 ドライ・ルートビアのグラスを手に、店の奥にあるソファーに座り込んだケンは、リズムに合わせてちかちかと瞬くオーケストリオンのパイロット・ランプを眺めながら、古典クラシック音楽を楽しんだ。見知らぬ土地の空を吹き渡る激しい風が、この店内にも吹き込んできたような、そんな気分になる曲だった。

 演奏が終わり、思わず拍手をしたケンに、オペレータは一礼して操作盤の前を離れた。


「これ、なんていう曲なんです?」

 ケンは彼女に声を掛けた。白地に赤いストライプが入った、裾の短いワンピースというその服装はこの店のユニフォームで、演奏装置のオペレータといえども、あくまでウェイトレスの扱いらしかった。

「古すぎて、本当のタイトルも、誰が作った曲なのかもわからないの。『ファー・イースト・ウインド』と呼ばれているわ、今では」

 アコ、という名前の女性オペレータが、そう教えてくれた。やはりこの曲は、遠くから吹く風を現しているんだ、と彼は納得して深くうなずいた。


 ソファーの隣に座ったアコと、ケンは音楽談義を楽しんだ。ダイナーでは本来、同席しての接客などは行わないのだが、これはあくまで純粋に音楽好き同士の会話ということだった。楽しくて、彼は思わず時間を忘れた。

「随分楽しそうね、ケン」

 背後から掛けられた声に、彼は思わず飛び上がりそうになった。

 振り向くと、不機嫌そうな顔をしたメリー・アンが、細い腰に手を当てて彼をにらみつけていた。足元には、お店の大きな紙袋が二つほど転がっている。

「いや……ごめん、その、買い物は?」

「とっくに終わりましてよ。約束の時間をすっかりお忘れだったみたいね。この荷物を持って、私ここまで歩いてきたのよ」

「ごめんなさいね、ついついわたしが引き留めてしまって。お詫びに……シナモン・チャイなんて、お嫌いかしら?」

 アコが、すかさずフォローに入る。

「あの、それね、私の……大好物だわ」

 メリー・アンは、にっこりと微笑んだ。


 ケンもルートビアのお代わりをもらい、メリー・アンと二人でソファーに並んで、オーケストリオンの演奏を楽しんだ。アコが選んだのは「浮気な夏」と呼ばれる、明るい曲調の、そしてこれもまた極めて古い曲だったが、そのタイトルについては特に説明しなかった。

「素敵ね、古典クラシックテクノ・ポップも」

 すっかり機嫌を直したメリー・アンが、ケンにもたれかかった。

 戦争アトミックよりも、ずっとずっと昔に作られた音楽が、現代に生きる若い二人の心を動かす。一度は滅びかけた世界を、こうして生き残ってきた曲には、それだけの力があるのだ。

 ケンたちの様子を見ながら、アコはそんなことを思った。


 さあ次の曲は、と彼女はエミュレーションテープをセットした。古くから伝わるタイトルは「大都会メトロポリス」。

 シティなどまだ影も形もない時代の大都会、その華やかな様子を想像しながら、彼女はシーケンサのキーを叩く。あの二人にも、私に見えるのと同じ情景が見えればいいのだけれど。

 高度技術都市と呼ばれたその都会でも、現代と同じように人々は暮らし、カップルは恋をした。全ては滅びたが、音楽は今でも当時の空気を伝えてくれる。

 この時代が終わり、シティもまた滅びたとしても、音楽だけは残って行くはずだ。世界が、本当に終わるまで。

(了)


[次回予告]

ウォターク砂沼の岸辺に暮らすハイエルは、沼に浮かぶ「島」へと食料品を売りに行くことで生計を立てている。だが、その人工の「島」が持つ重大な役割を、彼は知らなかった。

次回第47話、「砂の沼」

――メトロポリスで、またお逢いしましょう。


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