世界の終りの向こう側

 大規模な建物の取り壊しと建て直しが頻繁に行われるシティにおいては、地下から戦争アトミック前の遺構が見つかることも、そう珍しい話ではない。

 しかし、郡部諸街区カウンティにおいては話が別だ。シティから遠いその街区において、大規模な遺構が発見されたとの報せが入った時、筆頭書記官であるレオナール自らが現地に赴くことを決断したのも、滅多にない機会だけに慎重な調査が必要だと判断したからだった。


 郡部諸街区連接鉄道ディジーチェーンの寝台車で揺られること二日半、たどり着いた街区は、中堅規模の区の中心ということで、それなりの賑わいを見せていた。

 平べったい市街地の向こうには、一応ささやかなビル群も姿を見せている。


 改札口には、役場からの迎えが来ていた。

「お疲れ様です、レオナール調査官。月星区文化調査室の、ケイト・ランドエイドです」

 差し出された手を、レオナールは握る。栗色の短い髪と大きな瞳が印象的な、若い女性だ。小さな役場の書記という感じではない。

「まずは宿にチェック・インされますか? 長旅でお疲れのところでしょうから」

「いや……まずはとりあえず、現場を見せていただきましょう。本格的な調査は、明日からといたしますが」

 軽くせき込みながら、レオナールはそう答えた。

 本当は、今すぐにでも調査に取り掛かりたかった。それは戦前文化復元官の、ごうと言って良いかも知れない。若い時なら、そうしただろう。

 しかし、調査は長期間に及ぶはずだ。体をいたわってやる必要もあった。


「了解いたしました。では、こちらへ」

 車寄せの前に、黒塗りの公用フェートンが停まっていた。

 その運転席には、ケイトとは対照的に、長い黒髪の、やはり若い女性が座っている。セリーヌという名のその女性は、ケイトの部下だということだった。

 この若さにして、ケイトは掛長かかりちょうの職にあるらしい。

 案内された現地は、先ほど駅から見えた、ビル群の真っただ中だった。

 かつてここには戦争アトミック後すぐに建てられた大規模なマーケットがあり、その取り壊しに伴って、地下に遺構が見つかったのだという。


「ここには元々、『ショッピング・モール』と呼ばれる、巨大な小売店舗があったらしいのです。一つの街くらいの大きさがあった、と言い伝えられています。つまり」

 ケイト掛長は、周囲を見回した。

「この辺り、街区の中心は、全てその店舗の敷地だったというわけね。他のビルを建てる際にも、出土したものがあったかも知れませんが、残念ながら何の記録もありません」

 レオナールは、彼女の説明をうなずきながら聞いていた。大規模小売店舗の跡地にできた街区というのは、他にも事例があった。


「こちらです、調査官」

 セリーヌが、銀色のフェンスで囲まれた場所へと、彼を案内してくれた。

 くぐり戸を開いて、その中へと足を踏み入れたレオナールは、思わず息を呑んだ。

 仮設の階段を降りた先に、かつての地下通路と思われる遺構が、地面に刻まれた掘割のように延びていた。

 その両側に、砂埃にまみれてはいるものの、飲食店街と思われる店舗の遺構が合わせて十数個所ほど。

「ここは……安全ですかな、歩いても」

「はい。瘴性電磁波ラディアクトの強度、空気成分共に検査済みです」

 ケイト掛長が、うなずく。


 彼女たちもまだ、通路の中には入ったことがないということだったので、三人は一緒に地下通路の遺構へと足を踏み入れた。

 ハンバーガー、ジェラート、クレープ・シュゼット……色褪せてはいるものの、元々のカラフルな色遣いを残す看板が、いかにも楽し気に並んでいる。ドンブーリ・ナカーウというのは、どんな料理なのか分からないが。


「何だか……楽しくなりますね、掛長」

 セリーヌが、ケイト掛長の腕につかまる。

「こら、やめなさい」

 ケイト掛長は、赤くなった。その様子を見ながら、レオナールは微笑ましい気分になった。はしゃぐ気持ちも分かる。

 それに、当時の人達の気持ちを想像するのも、遺構の調査においては大切なことなのだ。デカダント・スタイルの洋服をまとった戦争アトミック前の若い女性たちが、同じようにここではしゃぐ姿が彼には見えるような気がした。

「この街区にも、こんな時代があったんだ。今でもシティなら、こんなかわいいお店がいくらでもあるんですよね? いいな」

 一軒一軒の店を、汚れて曇ったガラス越しにのぞきこみながら、セリーヌが羨まし気に言った。店内は、昨日閉店したばかりのように、当時の面影をとどめている。


「そうね、でも、私はこの街のほうが好き。シティは、作り物ばかりのあの場所では、誰もがみんなおかしくなってしまうもの。……あ、ごめんなさい。失礼いたしました」

 ケイトは、急にレオナールに頭を下げた。彼が、シティ当局の人間だ、ということを思い出したらしかった。

 気にしなくて良いと、彼は笑って見せる。彼女の言うことは正しい。ただ、彼はこう考えていた。戦争アトミック後のこの世界そのものが、全て不自然な作り物なのだと。


 再び公用フェートンで、レオナールは用意されたホテルへと引き上げた。

 窓からはこの街区のささやかな夜景が見えたが、戦争アトミック前の世界、その姿をひたすら追い求めてきた彼にとっては、これもまた偽物の風景に過ぎなかった。

 しかし、と彼は先ほどの若い二人の姿を思い出す。そこに生きる人間は本物なのだ。


 すでに終わった世界の姿を取り戻して、それが今を生きる人たちの役に立つのか、彼にも分からない。それでも、レオナールは伝えたかった。本当の世界というものが、そこにはあったのだと。

 彼女たちや、この現代を生きるあらゆる人々へと。

(了)


[次回予告]

共通液体通貨の原料の一つ、ラピスラズリ。その産出地における重大な事故が、価格の乱高下を引き起こした。売りか、買いか? ベテラントレーダー・シモンの決断は。

次回第42話、「ブロー・アウト」

――メトロポリスで、またお逢いしましょう。

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