世界の終りの向こう側
大規模な建物の取り壊しと建て直しが頻繁に行われる
しかし、
平べったい市街地の向こうには、一応ささやかなビル群も姿を見せている。
改札口には、役場からの迎えが来ていた。
「お疲れ様です、レオナール調査官。月星区文化調査室の、ケイト・ランドエイドです」
差し出された手を、レオナールは握る。栗色の短い髪と大きな瞳が印象的な、若い女性だ。小さな役場の書記という感じではない。
「まずは宿にチェック・インされますか? 長旅でお疲れのところでしょうから」
「いや……まずはとりあえず、現場を見せていただきましょう。本格的な調査は、明日からといたしますが」
軽くせき込みながら、レオナールはそう答えた。
本当は、今すぐにでも調査に取り掛かりたかった。それは戦前文化復元官の、
しかし、調査は長期間に及ぶはずだ。体をいたわってやる必要もあった。
「了解いたしました。では、こちらへ」
車寄せの前に、黒塗りの公用フェートンが停まっていた。
その運転席には、ケイトとは対照的に、長い黒髪の、やはり若い女性が座っている。セリーヌという名のその女性は、ケイトの部下だということだった。
この若さにして、ケイトは
案内された現地は、先ほど駅から見えた、ビル群の真っただ中だった。
かつてここには
「ここには元々、『ショッピング・モール』と呼ばれる、巨大な小売店舗があったらしいのです。一つの街くらいの大きさがあった、と言い伝えられています。つまり」
ケイト掛長は、周囲を見回した。
「この辺り、街区の中心は、全てその店舗の敷地だったというわけね。他のビルを建てる際にも、出土したものがあったかも知れませんが、残念ながら何の記録もありません」
レオナールは、彼女の説明をうなずきながら聞いていた。大規模小売店舗の跡地にできた街区というのは、他にも事例があった。
「こちらです、調査官」
セリーヌが、銀色のフェンスで囲まれた場所へと、彼を案内してくれた。
くぐり戸を開いて、その中へと足を踏み入れたレオナールは、思わず息を呑んだ。
仮設の階段を降りた先に、かつての地下通路と思われる遺構が、地面に刻まれた掘割のように延びていた。
その両側に、砂埃にまみれてはいるものの、飲食店街と思われる店舗の遺構が合わせて十数個所ほど。
「ここは……安全ですかな、歩いても」
「はい。
ケイト掛長が、うなずく。
彼女たちもまだ、通路の中には入ったことがないということだったので、三人は一緒に地下通路の遺構へと足を踏み入れた。
ハンバーガー、ジェラート、クレープ・シュゼット……色褪せてはいるものの、元々のカラフルな色遣いを残す看板が、いかにも楽し気に並んでいる。ドンブーリ・ナカーウというのは、どんな料理なのか分からないが。
「何だか……楽しくなりますね、掛長」
セリーヌが、ケイト掛長の腕につかまる。
「こら、やめなさい」
ケイト掛長は、赤くなった。その様子を見ながら、レオナールは微笑ましい気分になった。はしゃぐ気持ちも分かる。
それに、当時の人達の気持ちを想像するのも、遺構の調査においては大切なことなのだ。デカダント・スタイルの洋服をまとった
「この街区にも、こんな時代があったんだ。今でも
一軒一軒の店を、汚れて曇ったガラス越しにのぞきこみながら、セリーヌが羨まし気に言った。店内は、昨日閉店したばかりのように、当時の面影をとどめている。
「そうね、でも、私はこの街のほうが好き。
ケイトは、急にレオナールに頭を下げた。彼が、
気にしなくて良いと、彼は笑って見せる。彼女の言うことは正しい。ただ、彼はこう考えていた。
再び公用フェートンで、レオナールは用意されたホテルへと引き上げた。
窓からはこの街区のささやかな夜景が見えたが、
しかし、と彼は先ほどの若い二人の姿を思い出す。そこに生きる人間は本物なのだ。
すでに終わった世界の姿を取り戻して、それが今を生きる人たちの役に立つのか、彼にも分からない。それでも、レオナールは伝えたかった。本当の世界というものが、そこにはあったのだと。
彼女たちや、この現代を生きるあらゆる人々へと。
(了)
[次回予告]
共通液体通貨の原料の一つ、ラピスラズリ。その産出地における重大な事故が、価格の乱高下を引き起こした。売りか、買いか? ベテラントレーダー・シモンの決断は。
次回第42話、「ブロー・アウト」
――メトロポリスで、またお逢いしましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます