兄のクリスタル
長年所在不明だったという兄の死を、メアリは遠い
突然そう言われても、彼女にはどうして良いか分からなかった。家出以来、その行方を必死で探していた父母は、数年前に相次いで他界している。
兄がいなくなったのは、彼女がまだ幼い頃のことで、記憶にあるその姿は、恐らくはホロキューブに封じ込められた立体像を繰り返し見せられたことによって上書きされたものだった。
この長い年月の間、その兄がどこで何をしてたのか、それは郡役場の人達にも分からないようだった。
父母が手掛かりにしていたのは、置き手紙にあった「
もしも
そこからさらに
「極渦」の下で普通に暮らすことなどできないから、人々はみな「重耐候アーケード」という巨大構造物の中に住んでいるという。
南方深部の住民の多くは、
決して人が乗ってはいけない、とされている資材運搬コンベヤーに乗り込んで、うっかり12マイクロファーレンも下方の地面に転落したらしく、もちろん即死だった。
このコンベヤーには、「楽だからヨシ」とか言って乗り込む人が後を絶たないらしく、死亡事故も何度も発生しているそうだ。何が「ヨシ」なのだろう。
そんな遠くにまで、兄の遺体を引き取りに出向くことなど到底できなかった。まだ若いメアリにはそんな旅費など用意できないし、仕事も休めない。
「申し訳ありませんが、そちらで埋葬などをお願いできませんでしょうか」
とメアリはおずおずと、役場の書記にお願いしてみた。
「ご遺族さまみなさん、そうおっしゃいますな」
年配らしき書記は笑った。
「埋葬はできませんが、火葬までなら代行可能です。遺灰をお送りします。所定の手数料をいただきますがな」
「どうか、願いいたします」
彼女はほっとした。断られたらどうにもならないところだった。
「遺灰は、
「では、それでお願いできますか」
とメアリは答えた。どっちみち墓地など確保できないから、
目の前にある机の片隅に置いた、ミニ祭壇の戸を開く。金箔で飾りつけのされた黒い箱の中には、相次いで亡くなった父と母の
二人の隣にちょこんと立っている小さなのは、その後亡くなった猫のニャン=リュックのものだった。かわいがっていたあの子が亡くなるのに立ち会わずに済んで、むしろ二人は幸せだったかもとメアリは思っていたが、兄についてはどうだろう。やはり行方不明のままで、心残りだったのではないか。
兄の
あの役場の老書記から、二度目の小包が届いたのは、それから一年も経った後のことだった。
「未整理だった遺品の中から、兄上の作品らしきものが出てまいりました」
という手紙に同封されていたのは、一個の小さなホロキューブだった。サファイアのような、透き通るブルーの立方体の中に、丸く黄色い月が浮かんでいる。これは現実の風景を写し取ったものではなく、架空の情景を立体像として封じ込めたものだ。
中には、様々な地方の風景や文物を写し取ったホロキューブを作りながら、世界各地を旅する者もいるという。兄も、その一人だったのではないか。
高名な
キューブの底面近くには、確かに兄の名前が浮かんでいた。作品としては、あまり良い出来とは言えない。紫がかった青色の夜空と、どぎつい黄色の月の組み合わせは、コントラストが強すぎて安っぽい印象を受ける。
恐らくは大成しないまま、遥か南方まで流れて行った兄。それでも、その兄が目指していたもの、それがこうしてしっかりと形を残していたことに、メアリは改めて感慨深いものを感じた。
そのホロキューブを、彼女はミニ祭壇の中に佇む、三人と一匹のクリスタルの横に並べてみた。ちょうど高さは同じくらい。
祭壇の中は、まるで小宇宙のようだった。いつの日か、彼女もその隣に並ぶのだろうか。同じような、透明なクリスタルとなって。
(了)
[次回予告]
一日の仕事を終えて、君はお気に入りのカフェで安らぎの時を過ごす。人もまばらな、深夜の街角を眺めながら。しかし、店に入って来た一人の男が、君の運命を変えた。
次回第36話、「贋金つかい」
――メトロポリスで、またお逢いしましょう。
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