兄のクリスタル

 長年所在不明だったという兄の死を、メアリは遠い南方深部地方ディープサウスの役場からの電話で知った。

 突然そう言われても、彼女にはどうして良いか分からなかった。家出以来、その行方を必死で探していた父母は、数年前に相次いで他界している。

 兄がいなくなったのは、彼女がまだ幼い頃のことで、記憶にあるその姿は、恐らくはホロキューブに封じ込められた立体像を繰り返し見せられたことによって上書きされたものだった。


 この長い年月の間、その兄がどこで何をしてたのか、それは郡役場の人達にも分からないようだった。

 父母が手掛かりにしていたのは、置き手紙にあった「シティ芸術家アーティストとして成功してみせる」という一言だったらしい。しかし、彼女がシティに出て来てからも、兄らしき人物が何かの分野で大成したらしいという話は一度も聞くことがなかった。


 もしも旅客用飛行艇クリッパーに乗ることが出来たとしても、普通にたどり着けるのは南方の中心である風境区までだ。

 そこからさらに郡部諸街区連接鉄道ディジーチェーンの「極地支線」に乗り変え、「極渦」と呼ばれるあの恐ろしい暴風雨の下を一昼夜、ようやくその先にたどり着くのが南方深部地方ディープサウスだ。


「極渦」の下で普通に暮らすことなどできないから、人々はみな「重耐候アーケード」という巨大構造物の中に住んでいるという。

 南方深部の住民の多くは、有価鉱物プライムの採掘に従事しているのだが、兄もまたその現場での事故で無くなったらしかった。

 決して人が乗ってはいけない、とされている資材運搬コンベヤーに乗り込んで、うっかり12マイクロファーレンも下方の地面に転落したらしく、もちろん即死だった。

 このコンベヤーには、「楽だからヨシ」とか言って乗り込む人が後を絶たないらしく、死亡事故も何度も発生しているそうだ。何が「ヨシ」なのだろう。


 そんな遠くにまで、兄の遺体を引き取りに出向くことなど到底できなかった。まだ若いメアリにはそんな旅費など用意できないし、仕事も休めない。

「申し訳ありませんが、そちらで埋葬などをお願いできませんでしょうか」

 とメアリはおずおずと、役場の書記にお願いしてみた。

「ご遺族さまみなさん、そうおっしゃいますな」

 年配らしき書記は笑った。

「埋葬はできませんが、火葬までなら代行可能です。遺灰をお送りします。所定の手数料をいただきますがな」

「どうか、願いいたします」

 彼女はほっとした。断られたらどうにもならないところだった。

「遺灰は、晶位牌化クリスタライズもできます。その料金もいただきますが、送料が下がるから、トータルでは変わりませんな」

「では、それでお願いできますか」

 とメアリは答えた。どっちみち墓地など確保できないから、晶位牌クリスタルとして保管するしかない。遺品は全て処分してもらうことにした。


 目の前にある机の片隅に置いた、ミニ祭壇の戸を開く。金箔で飾りつけのされた黒い箱の中には、相次いで亡くなった父と母の晶位牌クリスタルが仲良く並んでいた。遺灰を手のひらサイズにまで圧縮結晶化した、透明な直方体。

 二人の隣にちょこんと立っている小さなのは、その後亡くなった猫のニャン=リュックのものだった。かわいがっていたあの子が亡くなるのに立ち会わずに済んで、むしろ二人は幸せだったかもとメアリは思っていたが、兄についてはどうだろう。やはり行方不明のままで、心残りだったのではないか。


 兄の晶位牌クリスタルは、約一箇月後に郵送されてきた。父母の隣、ニャン=リュックとの間に並んだその透明な晶位牌クリスタルは、ただ燈明の光を受けて輝くだけで、何も教えてはくれなかった。


 あの役場の老書記から、二度目の小包が届いたのは、それから一年も経った後のことだった。

「未整理だった遺品の中から、兄上の作品らしきものが出てまいりました」

 という手紙に同封されていたのは、一個の小さなホロキューブだった。サファイアのような、透き通るブルーの立方体の中に、丸く黄色い月が浮かんでいる。これは現実の風景を写し取ったものではなく、架空の情景を立体像として封じ込めたものだ。


 函職人ホロチザン。透明なキューブやドームに埋め込まれた多板回折レイヤーに、光筆スタライトを用いて様々な立体像を描く美術家。

 中には、様々な地方の風景や文物を写し取ったホロキューブを作りながら、世界各地を旅する者もいるという。兄も、その一人だったのではないか。

 高名な函職人ホロチザンの作品であれば、芸術品として扱われたり、中には文化財指定されているようなものまで存在する。しかしその多くは雑貨や土産物などとして扱われ、安価に売りさばかれることになった。


 キューブの底面近くには、確かに兄の名前が浮かんでいた。作品としては、あまり良い出来とは言えない。紫がかった青色の夜空と、どぎつい黄色の月の組み合わせは、コントラストが強すぎて安っぽい印象を受ける。

 恐らくは大成しないまま、遥か南方まで流れて行った兄。それでも、その兄が目指していたもの、それがこうしてしっかりと形を残していたことに、メアリは改めて感慨深いものを感じた。


 そのホロキューブを、彼女はミニ祭壇の中に佇む、三人と一匹のクリスタルの横に並べてみた。ちょうど高さは同じくらい。

 祭壇の中は、まるで小宇宙のようだった。いつの日か、彼女もその隣に並ぶのだろうか。同じような、透明なクリスタルとなって。

(了)


[次回予告]

一日の仕事を終えて、君はお気に入りのカフェで安らぎの時を過ごす。人もまばらな、深夜の街角を眺めながら。しかし、店に入って来た一人の男が、君の運命を変えた。

次回第36話、「贋金つかい」

――メトロポリスで、またお逢いしましょう。

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