消えゆく街のオート・コンビニ
数か月後に撤去されることが決まっている、暫定市街地V30ブロックからは、すでに多くの住民が立ち去っていた。
その跡地は、膨張を続ける世界唯一の巨大都市、
元々からその予定で、一時的に一般市民の居住が許されていたに過ぎない地区なのである。全ては
しかし、中には行き場のない人たちもいて、度重なる退去勧告にも関わらず、まだこのブロックに住み続けていた。
そんな住民たちの生活の拠り所となっていたのが、ブロック内で唯一営業を続けている小さなオート・コンビニだった。
相当な昔に開設された店らしく、あらゆる設備が古びていてはいたものの、ちゃんと食べ物や日用品が手に入りさえすれば、何も問題はない。
「あ、くそ。また故障してやがる、このバーガー・ベンダー」
怒りの声を上げて、
監視装置に見つかったら、保安警察が飛んでくるだろう。一応は当局に雇われている立場の彼女としては、それはまずい。
「そんなハンバーガー、美味しくないじゃない。他のにすれば?」
隣のユリカが、コンビニの店内にずらりと並ぶ
ソフトヌードルやナゲット・アンド・チップス、パルナス風ピロシキなど、人気のスナック・フードが一通りそろっていて、各々色とりどりのサンプル写真を光らせている。すでに日付が変わったこの時間、他に客はいない。
「バーガー食いたかったんだよ、あたしは」
ケイミは恨めし気に、目の前の写真をにらむ。
テーブルの上の白い皿に載ったバーガーは、バンズがふっくらとしていかにも美味しそうだ。もっとも、実際に出てくる品物とはずいぶん違うのだが。
次に買おうとしたウインナ・シュニツェル・サンドも、ボタンを押そうとしたら途端に品切れになった。ブツブツ文句を言いながら、彼女は仕方なく野菜サンドを選ぶ。
一方のユリカは、ベジタブル・クスクス・キッシュの機械にコインを入れた。紅く揺らめいて光る放電管の数字が0になると、取り出し口に熱々のフードが出てくる。
店の前に置かれたベンチに二人座って、チープながら美味しい食事を摂る。極端に丈の短い袖なしジャケットに超ミニのスカート、それにオーバーニーソックスという露出の多いデカダント・スタイルの彼女たちは、昼間ならさぞ目立ったころだろう。
ケイミの褐色の肌と、色白のユリカは好対照で、いかにもコンビらしい。
「退去シール貼って回るだけなのに、何でこんな格好なのかな。嫌になっちゃうよね」
ユリカがため息をついた。
「変態だらけなんだよ、
ケイミが振り返り、夜空にそびえ立つビル群を見上げ、にらみつける。
この町が「排除」された後には、あんな超々高層ビルがこの辺りにも林立することになるはずだ。
二人は昼間からずっと、「退去のお願い」という当局からの勧告票を各住戸に貼って回っていた。
どうせ最後には全住戸が電磁ロックされて、住民は否応なく追い出されることになる。しかし、「みなさまに親しまれる
わざわざ地元の若い女性を選抜してその仕事をさせているのも、反感を和らげるためらしい。
「なかなかうまそうなもんを食しておられるな、当局のお姉さん方」
背後の声に、二人は振り返る。ブロック自治団の長、ムームー翁の姿がそこにあった。
「何よ、好きで当局の仕事なんかやってんじゃないわよ。代わってあげようか?」
「わしのような爺さんがそんな恰好をしたら、風邪をひいてしまうわい」
彼女たちが子供の頃にはすでに老人だったムームー翁が、白髪混じりの長いあごひげをしごきながら、愉快そうに笑う。
「どれ、わしも何か仕入れるとしようか」
と、しっかりした足取りで店に入って行った老人はやがて、耐油紙にくるまれたピロシキを手に外へ出てきた。
「こいつだけは、昔から変わらんな。知っておるかね。この店は
「そうなんですか」
ケイミが目を丸くする。それじゃ、機械が多少壊れやすくても仕方ない。
「そもそも、このV30ブロックで最初にできた建物がこのコンビニなのじゃよ」
正確に言えば、暫定市街地を支える人工地盤と、初期のコンビニの建物は一体構造になっていた。地盤の上に後から構築された他の建物とは、全く異質な存在なのだ。
実のところ、このオート・コンビニは各種インフラのコントロール機能をも併せ持つ、当局=羽ヶ淵本社の直轄下に置かれた情報収集センターなのだった。
住民が何を買い、どんな生活をしているのか、
それが公正なやり方だとは、老人には思えない。しかし、そのおかげで住民たちの平和な毎日が守られてきた、という側面も否定はできなかった。
ケイミがバーガーをどうしても買えないのは、肉ばかりではその美容と健康に悪影響だと、コンソール・キューブが判断した結果なのだ。
新しく出来る街ではもう、そんな牧歌的な住民管理手法が用いられることはないだろう。効率的なやり方が、いくつも開発されていた。
再び店内に入って行ったケイミが、
「こいつもかよ、また壊れてるじゃない!」
と大声を上げた。デザート代わりにクリーム・シェイクを買おうとしたのだったが、
「いいじゃない、ヘルシーでおいしいのよ。毎日飲んでるもん、私」
ユリカの笑い声。優しい
(了)
[次回予告]
「カルメン・シータ」、みな彼女をそう呼んだ。昔の歌劇に出てくる多情な女と、そっくりだと言うのである。しかし、その激動の運命は、案外常識的なところに落ちついてしまう。まあ、現実はそんなものらしい。
次回第30話、「カルメン・シータ」
――メトロポリスで、またお逢いしましょう。
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