総裁マクマラン

 シティに総本局を置く鉄軌機構は、この世界におけるありとあらゆる鉄軌道路線を管理・運営する巨大組織だ。

 シティ当局の監督下からは完全独立で、当局の上に立つ羽ヶ淵本社とさえ相互協力関係、つまりは対等に近い立場という、他に例を見ないほどの力を持っている。

 鉄道旅客公社と呼ばれた公法人をルーツに持ち、戦争アトミック後の復興期にいち早く、ずたずたになった各地の鉄道を復旧させて輸送手段を一手に握ったのが、その力の源泉になっていた。


 機構の目下の課題は、北方路線の拡充だった。

 シティ周辺に限っては高架軌道Sバーンを始めとした路線が整備されていたが、さらにその北方、上部地方に向かう路線は建設が進んでおらず、貧弱な街道ハイウェイを走る乗合自走車が交通の主役となっていた。

 気候も寒冷で、戦争アトミック前から人口が少なかった地域だから、というのがその理由だった。しかし、シティの巨大化によって、未開発のままだったこのエリアにも、いよいよスポットライトが当たりつつあった。


「この水晶街にも、駅が。大変ありがたいことです」

 郡知事エルモサが、深々と頭を下げる。

 彼女は、鉄軌機構総裁自らが訪れた、線路建設予定地視察に随行して、地域の事情について説明していたところだった。

 水晶街は、上部地方でも十本の指に入るという主要街区なのだが、一面の雪景色の中に木造の家屋が点在するという淋し気な眺めからは、とてもそうは見えない。それでもここには、ちゃんと駅が設置される予定だということだった。


「水晶街という名前が良いですな。経営長、採算の見込みは?」

 鉄軌機構総裁、ド・マクマランは傍らに控えた事業経営長に訊ねる。

「現状のままなら採算レベルは十年スパンでもFクラスですが……ここはシティからそう遠くありません。新しい市街が、急速に発展するはずです。その点まで考慮すれば、乗降数推移傾斜は8.55デルタ、採算レベルはCに届くでしょう」

「うむ。何なら、シティ当局に依頼して、人工地盤を運びこませることもできよう。準区セミウォード級の街区に発展するかも知れぬ」


 総裁はうなずいたが、その言葉を耳にしたエルモサの表情は急激に曇った。

「お言葉ではございますが……この辺りは郡庁例規によって、加速開発が制限されてございます。風致保全区域なのです」

 経営長と建設長は、顔を見合わせた。郡知事の言葉が、意外だったのだ。

「郡知事、例規はあなたの権限で改正できるはずです。その点が大きな障害になるとは思えませんが?」

 建設長が、控えめな言い方で疑問を呈した。

 郡の例規など、鉄軌機構の意向に合わせて変えるのが当たり前じゃないか、というのが正直なところだった。


「それでは……それは、住民を幸せにする決断にはならないと私は考えます。彼らは、この静かな環境を愛しているのです。例規の改正はできません」

 郡知事の言葉も、また静かなものだった。

 建設長たちは、さらに驚いた。住民のために、シティ当局の意向に逆らうような知事などいうものは見たことがない。

 もっとも、まだ当局による都市開発決定がなされたわけではなく、あくまで鉄軌機構による試案の段階にとどまってはいたのだが。


「ならば、採算は非常に厳しくなるでしょう。駅の設置は、見送らざるを得ませんな」

 経営長が、冷ややかな口調で告げる。郡知事は、苦し気な顔で黙り込んだ。

「君、メルトン・タケダ事業経営長。駅の設置について決断するのは、私だ。水晶街というのは良い名だと、私がそう言ったのを忘れたのかね。メルトン経営長」

 総裁が、苦飴を噛みつぶしたような顔で、経営長の顔をにらみつけた。顔色が変わったのは、今度は経営長のほうだった。


「確かに、水晶街とは。実に美しい名です」

 すかさず、建設長がフォローする。次期総裁レースのライバルたる経営長の失点を、ここで強調しておこうというはらだった。


「しかしですな、エルモサ郡知事」

 そのお追従を、総裁はきれいに無視した。

「駅が出来れば、否応なしに街は発展しますぞ。加速開発は制限しても、全ての開発を妨げることはできん。あなたが愛するこの美しき静けさも、いつまでもは続かぬと思うが」

 マクマランの声は、あくまでも優しかった。


「コントロール可能かと考えます。例えば、もしもシティから一軒の商店が進出しようとするなら、ここの人々は新しい仲間として受け入れ、ただしこの街の流儀を伝え、あくまで従うことを願うでしょう。その願いを叶えるのは、例規制定者たる私の役目です。新たな店は、周囲と同じような丸太組ログハウスとなり、派手なネオンを光らせることもないでしょう」

 郡知事は、冷静に答えを返した。


「善い答えです。よろしい、当局に地域政策指針を策定させましょう。郡庁例規を優先とすれば、流儀とやらは守られる。このド・マクマランの名において、請け負いますぞ」

 総裁は、機嫌よく大声で笑った。その予想外の言葉に郡知事は目を見開き、そして再び深々と頭を下げた。


 ランドウレットの後席に収まり、いつもの厳めしい表情のまま眠る総裁の横顔を見ながら、建設長は首を傾げていた。

 この苛烈な性格の人物が時折見せる不思議な優しさは、何に由来するものなのか。あの女性知事を見初めた、という訳でもあるまい。そこを理解するのが、次期総裁の座への近道かも知れない。


 そんな打算をよそに、総裁ド・マクマランは眠り続ける。戦争アトミックで消滅した、懐かしい、美しく静かな故郷の夢を見ながら。

(了)


[次回予告]

父の赴任により、シティから遥か南方地方の町へと引っ越すことになった幼いジュネス。高ぶっていた気持ちも、飛行艇の窓から見える寂しい夜景に、心細さへと変わり始める。

次回第28話、「夜間飛行」

――メトロポリスで、またお逢いしましょう。

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