ゲーム・センターの最後

 その場所は元々、ブロック内に三つあるごく普通の支分情報公署アイ・ビーの一つ、つまりは相互情報通信網ネットへ接続するための端末コンソールが置かれた共用施設に過ぎなかった。

 それがたまたま、若い労働者たちが多く住む寮が近隣にできたのをきっかけに、すっかり彼らの溜まり場になってしまっていた。

 若者たちは夜な夜なここへ集まってきては、無料の市民共用公開端末オープンコンソールを使って、様々な電子ゲームに打ち興じるのだった。


 当初は他の住民から苦情も出たし、シティ当局も「長時間の端末利用は遠慮しましょう」との通告文を貼り出したりしたが、端末をどう利用するかはあくまで自由というのが例規上の建前である。当局もそれ以上手を打とうとはしなかった。

 若者たちは、今や自分たちの巣となったその支分情報公署アイ・ビーを「ゲーム・センター」と呼んだ。戦争アトミックよりもずっと昔には、実際にそんな名前の遊技場も存在したらしい。


「よう、ビリー。今夜も『ダ・エメラルダ』か?」

 彼が姿を見せると、ゲーム仲間のハマーがさっそく声を掛けてきた。

「ああ、そうだな。そんな気分だ」

 ビリー・ミナヅキは自慢のリーゼント・ヘヤを静電コームで整えながら、仕切り壁で区切られたブースに置かれた端末コンソールの前に座り、鍵穴に差し込んだ個人錠をひねった。


 微かな駆動音と共に、ディスプレイが起動する。保護暗号を解除して、電子ゲームを提供している「フォーラム」の公開ボックスに接続し、そこに並んだティン・ボックスの中から、目当てのゲームが入ったものを選んでやる。

 ハマーが言った「ダ・エメラルダ」は、先日公開されるなり、たちまちに1万プレイを超えた大人気の最新ゲームだった。ビリーもまた、そのゲーム性に魅せられた一人だ。


 ティン・ボックスをオープナーにかけると、画面上には「D-a Emerald-a」という碧色のタイトル文字が表示された。

 スペースバーを叩くと画面は真っ黒になり、その上にグリーンのドットが、まるで星空のようにランダムに散らばった。

 ビリーはプロットペンを手に取り、ドットの間をつなぐように、やはりグリーンの直線を引いて行く。

 一筆書きの要領で、どれだけ長い線を描けるか。考えながら続けるうちに、画面上にはゲームタイトルの由来である、結晶を思わせる図形が出来上がって行った。


 ともかく、地味なのだ。マイクロフリップと呼ばれる微細な表示板を高速反転して画像を表示する、この端末コンソールのディスプレイ装置では、動きのある画面表示を行うのは困難だった。

 どうしてもこのような、パズル的なゲームが主流になってしまう。

 それにしても、リーゼント・ヘヤにフォックス型サングラス、派手な赤いシャツを着たビリーが、職人よろしく猫背で画面に図形を描いているというのは、何とも不似合いな姿ではあった。


 今日は長い線が引けたぜ、と彼が満足げな笑みを浮かべたその時、背後から複数の重い足音が響いた。

「保安警察の者だ。おまえら、動くんじゃない。そのまま黙って手を上げろ」

 ビリーは両手を高く挙げた。カーキ色の制服を着た彼らは電気銃を手にしていた。あんなもので撃たれてはたまらない。


「禁制の電子ゲームで遊んでいた者が、この中にいる。一緒に来てもらう」

 こいつら、情報公安か。ビリーはかぶりを振って、今遊んでいた「ダ・エメラルダ」の画面を指し示した。しかし、連中は彼には目もくれず、一番奥のブースへと向かう。慌てて椅子から立ち上がったのは、あまり見かけない顔の、風采の上がらない中年男だった。


 画面を確認した警官たちが、険しい表情でうなずき合っている。低い仕切り壁の上から、画面をのぞきこんだビリーは、驚きに目を見開いた。なるほど、こいつはまずい。こら、と警官が大声を出して彼を追い払う。

 やはり背景が真っ黒なその画面には、何種類かの絵柄に1から9までの数字が組み合わされた牙牌が、青い線で表示されていた。


 こいつは簡素麻雀ドン・ジャンというやつだ。いや、そこまではまあ問題ない。まずいのは、画面の上部に表示された図形のほうだった。

 マゼンダ色の線と円を複雑に組み合わせて描かれたその図形は、どう見ても水着姿の女の子を模したものだったのだ。

 細面でなかなか美人に見える彼女は、勝負の展開によって服を着たり脱いだりすることになる。ビリーも実物を見るのは初めてだったが、これは名高い禁制電子ゲームで、簡素麻雀ドン・ジャンをもじって「ドン・ファン」と呼ばれていた。


 男は、うなだれたまま連行されていった。公序例規違反のこんなブツを、こいつはどうやって手に入れたのだろう。何種類か存在する「ドン・ファン」は中毒性が高く、一度はまり込むと容易には止められないらしかった。


「あの、警察官おまわりさん。あいつは仲間じゃありません、初めて見る顔で。俺らは、禁制のゲームなんて……」

 警官の一人に向かって、ハマーがおずおずと言った。ここが禁制電子ゲームをプレイする人間の巣窟だと思われてしまってはまずい。

 しかし、警官はせせら笑った。

「ああ、知ってるさ。ここでお前らが何をやってるか、全部分かっているんだ。これからも大人しく、無難なパズルでもやってな」


 ここで遊ぶことについて、お墨付きを得たようなものだった。しかし、無難なパズルとは……。その言われように、ビリーたちは何とも言えない虚しい気持ちになった。どうやら、ここは常に当局に監視されているらしい。自由な場所でも何でもない、それが真実なのだった。


 彼らの足は遠のき、そこはただの支分情報公署アイ・ビーに戻った。その結果、あの警官は、余計なことを言うなと上にひどく怒られることになった。若者たちを管理するために、あの「無難」なゲームを提供していたのは、シティ当局なのだった。

(了)


[次回予告]

鉄道路線の建設が未だに進まない、上部地方。その視察に訪れた鉄軌機構総裁、ド・マクマランに、地元の女性郡知事は環境の保護を訴える。総裁が出した、答えとは。

次回第27話、「総裁マクマラン」

――メトロポリスで、またお逢いしましょう。

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