流線型の遺産

 シティ当局の内部には、「戦前文化復元官事務室オフィス」と呼ばれる部署があり、数人の専従職員を抱えていた。

 その名の通り、戦争アトミックによって壊滅した、かつての世界における各種の文化を調査し、復元保存することを使命としている。


 その日、復元官事務室オフィス筆頭書記官のトリニータは、多島湾に面する小さな街区へと、専用の小型飛行艇に乗って実地調査に出ていた。

 その街区の外れにある山中の集落に、戦争アトミック前に使われていた鉄道隧道トンネルの坑口が残っているのではないか。戦前戦後の精密地形図を比較分析した結果、彼はそう推測していた。もし見つかれば、世界で三例目となるはずだ。


 三つ揃いのスーツ姿できっちりと決めたトリニータは、ふねを桟橋に着けて上陸すると、まずは地元の準区役場へと挨拶に向かった。

 彼から名刺を受け取った役場の文化教育掛長かかりちょうは、

「確かに、戦争前は鉄道が走っていたらしいですが……遺構が残っているという話は聞いたことがないですね」

 と首を傾げつつ、現地へのルートを丁重に説明してくれた。

「ただ、あそこはもう集落じゃありません。すでに人も住まなくなって、地番も抹消されました。特に危険はないはずですが、お気をつけて」


 まだ人が住んでいるという山間の村までは乗合装軌車クローラ・バスで、そこから先は自分の足で、獣道に還りつつある街道を歩き、トリニータ筆頭書記官は目的の廃集落を目指した。

 スーツ姿のまま、朽ち果てた吊り橋を渡ったり、道を飲み込んだ崖崩れによって出来た急斜面を横断トラバースしたり、そんなのもいつものことである。もう何年も、同じような仕事を続けてきたのだ。


 森が途切れ、視界が開けたところで、眼下の小盆地に点在する家屋群が見えてきた。全て無人だと言うものの、石積みの壁もスレート葺きの屋根にも傷んだような気配はなく、意外に状態は悪くない。

 住民たちはみな、なぜここを捨てて出て行ったのだろう? 

 トリニータは不思議に思いながら、廃集落を貫く通りを歩き続け、その突き当りに建つ小さな聖廟シュラインの前へと辿り着いた。ここが、目指す地点だった。

 集落内の他の建物同様に石造りで、正面扉の左右を守るようなどっしりと太い円柱が印象的なこの聖廟が、どんな神を祀っているのか彼は知らない。

 しかしその背後には、廃隧道トンネルが口を開いているはずだった。


 聖廟の後ろへと、彼は回り込もうとした。ところがその建物の後部は、そのまま山の斜面にめり込んでいて、そこに入り込む余地などなかった。

 トリニータ筆頭書記官は再び建物の正面に回る。ならば、この中に入ってみるしかない。もちろん、鉛箔の貼られた両開きの扉は、びくともしなかった。厳重に施錠されている。


 胸ポケットから彼は、遺跡調査七つ道具の一つである、分子揺動ナイフを取り出した。そして、干渉半径がちょうど扉と扉の隙間に当たるようにナイフの先端を当てて、引き金を引きながら一気に引き下ろす。

 バターでも切るかのようにあっさりと、三本の炭素閂は切断された。あまり褒められた行為ではないが、使命のためには止むを得ないことだ。

 強く押してやると、二枚の扉は奥に向かってゆっくりと開いた。そのあまりの重さに彼は驚く。鉛箔を張ってあるのではない。扉自体が、鉛でできているらしい。


 ようやく中に足を踏み入れたトリニータは、その場に立ちすくんだ。

 彼の読み通り、聖廟はつまり坑門ポータルそのもので、前方には暗い隧道トンネルが奥に向かって伸びていた。足元には、錆びたレールも残っている。

 そして、そのレールの上には、今までに見たこともない巨大な物体が、ご本尊よろしく鎮座していたのだった。


 飛行艇クリッパーのノーズよりもさらに尖った鼻先、鋭い目のように彫り込まれた左右の前照灯、車体下部を滑らかに覆うカバー。それは、鉄道車両に間違いなかった。しかし、ここまで見事な流線型の車体を製造する技術は、今の世界には存在しないはずだ。


 大変な発見だ、とトリニータは躍り上がった。戦争アトミック前の高度な技術を伝える、まさに超A級の遺産だ。

 恐らくこの集落の住民は、この車両を密かに守りながら、信仰の対象としていたのだろう。だから今まで、世に知られることがなかったのに違いない。


 鉛の扉を元通りに戻し、彼は急いで街へと戻った。詳細なレポートは、次の調査に委ねればよい。まずは、シティに戻って報告だ。

 ところが、この世紀の大発見に対する、上層部の指示は意外なものだった。

「目撃したものについて、一切の口外はまかりならぬ」

 続いて筆頭書記官は、シティ中央病院に緊急搬送された。何が起きているのか、彼自身にも訳も分からなかった。

 しかし、間もなく彼は謎の病を発症し、二度と起き上がることのできないまま、ついにはこの世を去ることになってしまったのだった。


 あの流線型の遺産は、特殊工作部隊の手により、トンネルごと重金属セメントを流し込まれて封じられることになった。

 かつてこの車両の動力源だった物質反応装置リアクターは、遮蔽殻シェルの破損により、大量の瘴性電磁波ラディアクトを発する「死の機関エンジン」へと変貌してしまっていたのだった。

 まともにその前に立ってしまったトリニータが、命を落としてしまったのも当然のことだった。


 まだ世界の各地に、同じような危険な遺物が眠っていると考えられている。過去の文明の遺産が、全て素晴らしいものだとは限らないのだ。

(了)


[次回予告]

思い切って誘ったメリー・アン。たとえ中古の三輪自走車でも、夏の日のドライブは輝かしい想い出。しかしビーチからの帰り道、暗雲が立ち込めた。

次回第25話、「疾走GT」

――メトロポリスで、またお逢いしましょう。



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