パレード・ソング
本当は、そんなものになど参加したくはなかった。
スカートは常軌を逸して短く、タイトなブラウスは体の一部しか隠してくれない。おまけに髪は、情動刺激性の香料をたっぷり含んだ色付きの整髪料で、正気とは思えないような蛍光色に光っている。
ヤスナとしては、あくまでちゃんと勉強がしたくて、この準区で一番とされる高等教育機関に入ったのだ。
それがたまたま女学校だったのは良いとして、こんな妙な役割を与えられている学校だったというのは、最悪の気分だった。
着替えを手伝ってくれた先輩――この人も、かつて行列に参加したそうだ――が、変わり果てた彼女の姿を、鏡に映して見せてくれた。
鈍く金色に光るミニスカートや短丈ジャケットから細っこい脚や腰が露わになり、肩にかかるミディアムの髪は紫がかった青に光っている。
親にも見せられそうにはないその恰好を、しかしヤスナは、何か不思議な気分で眺めることになった。それが自分の姿であるのかどうか、それは定かでないものの、そこに映るものに何か美しさが感じられたのだ。
なるほど、と彼女は感心した。長く続くお祭りというものには、やっぱり意味があるのだ。普段なら恥ずかしくてあり得ないような服装を敢えて纏うことで、非日常的な高揚感というものが得られる、そういうものなのだ。
その高揚感は、もしかすると整髪料に含まれる香料によるものなのかも知れなかったが。
今やヤスナは何だか得意な気分になってポーズを取ったり、愛嬌を振り撒いたりして見せた。同年代や、いくらか年上、年下と思われる男たちが、一様に照れたような、嬉し気な様子を見せるのも、面白くてたまらなかった。
もっとも、下品なニヤニヤ顔を浮かべた大人の
長短様々な
つまり、わざわざ遠くから彼女たちの姿を見に来たわけだが、こういう邪な心を持った人たちが集まってきてしまうのは、恰好が格好だから仕方のないことではあった。
広場を何周かしてから、彼女たちの隊列は町なかへと巡行を始めた。
途切れることなく
すでに太陽は沈み、空は濃い青から夜の黒へと色を変えつつあった。
連なる商店の店先で点るバチェラー燈が暖かい光を投げかけ、それぞれの色味に通りを染めている。
石壁やモルタル塗りの、似たような建物が整然と建ち並ぶ風景は、ヤスナにとってはごく見飽きたものに過ぎないはずだったが、こうして歩いていると見知らぬ異世界を彷徨っているような隔絶感があった。
街角のいつものパン屋さんも、友人とたむろするカフェも、何度も本を買った書店も、何もかもがみな遠い。顔なじみの人達も、眩しいものを見るような眼で彼女たちのことを見ていた。
多くは子供たちだったが、例の巨大な
邪な心に支えられた彼らの意思は固く、普通の人とは面構えが違う。隊列が巡行の終着点である南の
「何だかあの人たち、ちょっと不気味……」
思わずつぶやいたヤスナに、隣を歩いていた上級生の子が小さな声でささやいた。
「でも、彼らの存在も必要なのよ。もう少ししたら分かるわ」
普段は立ち入ることのできない
しかし、
突然、激しい水音が響いた。
閉ざされたホールの底に、すさまじい勢いで冷水が満ちて行く。うお、おう、という
「こうして、邪を滅ぼすの。これで、お祭りは完成形になるのよ」
先ほどの上級生が言った。
「でも、あの人たち、このままじゃ……」
「大丈夫よ、溺れ死ぬまではやらないわ。さあ、これで彼らを清めてあげましょう」
ヤスナは、ひしゃくを手渡された。これに熱い湯を汲んで、
聖なる彼女らに、熱湯消毒にて浄化される
しかし、どう見ても大半の男たちは大喜びで悲鳴を上げていて、ヤスナは心底げんなりした気持ちになった。来年も来るだろうな、この人たち絶対。
そうやって、祭りの伝統は続いていくのだった。
(了)
[次回予告]
次回第24話、「流線型の遺産」
――メトロポリスで、またお逢いしましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます