パレード・ソング

 迎春祭カルナバルのその日、ヤスナたち高等女学校の生徒は、恒例の仮装行列に参加するため、街区の中心にある中央円形広場サーカス近くの待機小屋に集められた。


 本当は、そんなものになど参加したくはなかった。

 戦争アトミック前の習俗を再現したものだというその仮装は、最近流行りのデカダント・スタイルに比べてもさらに派手というか、つまり露出の多いものだった。

 スカートは常軌を逸して短く、タイトなブラウスは体の一部しか隠してくれない。おまけに髪は、情動刺激性の香料をたっぷり含んだ色付きの整髪料で、正気とは思えないような蛍光色に光っている。


 ヤスナとしては、あくまでちゃんと勉強がしたくて、この準区で一番とされる高等教育機関に入ったのだ。

 それがたまたま女学校だったのは良いとして、こんな妙な役割を与えられている学校だったというのは、最悪の気分だった。迎春祭カルナバルの行列は何度も見たことがあったが、誰が参加しているのかなんて、考えたこともなかったのだ。


 着替えを手伝ってくれた先輩――この人も、かつて行列に参加したそうだ――が、変わり果てた彼女の姿を、鏡に映して見せてくれた。

 鈍く金色に光るミニスカートや短丈ジャケットから細っこい脚や腰が露わになり、肩にかかるミディアムの髪は紫がかった青に光っている。

 親にも見せられそうにはないその恰好を、しかしヤスナは、何か不思議な気分で眺めることになった。それが自分の姿であるのかどうか、それは定かでないものの、そこに映るものに何か美しさが感じられたのだ。


 なるほど、と彼女は感心した。長く続くお祭りというものには、やっぱり意味があるのだ。普段なら恥ずかしくてあり得ないような服装を敢えて纏うことで、非日常的な高揚感というものが得られる、そういうものなのだ。

 その高揚感は、もしかすると整髪料に含まれる香料によるものなのかも知れなかったが。


 祭り唄パレード・ソングを詠唱しながら、ヤスナたちの一隊が姿を現すと、円形の広場を囲んだ見物客たちから歓声が上がった。

 今やヤスナは何だか得意な気分になってポーズを取ったり、愛嬌を振り撒いたりして見せた。同年代や、いくらか年上、年下と思われる男たちが、一様に照れたような、嬉し気な様子を見せるのも、面白くてたまらなかった。


 もっとも、下品なニヤニヤ顔を浮かべた大人のオジンたちにじろじと見られるのは、これはどうにも気が進まなかった。

 長短様々な受光筒ツアイスを二本も三本も装着した、高価な撮像函レフを持参した彼らは、どう見てもこの街の人間ではない。

 つまり、わざわざ遠くから彼女たちの姿を見に来たわけだが、こういう邪な心を持った人たちが集まってきてしまうのは、恰好が格好だから仕方のないことではあった。


 広場を何周かしてから、彼女たちの隊列は町なかへと巡行を始めた。

 途切れることなく祭り唄パレード・ソングの詠唱を続けながら、石畳の通りをゆっくりと進む。

 すでに太陽は沈み、空は濃い青から夜の黒へと色を変えつつあった。

 連なる商店の店先で点るバチェラー燈が暖かい光を投げかけ、それぞれの色味に通りを染めている。

 石壁やモルタル塗りの、似たような建物が整然と建ち並ぶ風景は、ヤスナにとってはごく見飽きたものに過ぎないはずだったが、こうして歩いていると見知らぬ異世界を彷徨っているような隔絶感があった。

 街角のいつものパン屋さんも、友人とたむろするカフェも、何度も本を買った書店も、何もかもがみな遠い。顔なじみの人達も、眩しいものを見るような眼で彼女たちのことを見ていた。


 中央円形広場サーカスから、隊列の後をずっとついてくる見物客たちもいた。

 多くは子供たちだったが、例の巨大な撮像函レフを担いだオジンたちも大勢混じっている。

 邪な心に支えられた彼らの意思は固く、普通の人とは面構えが違う。隊列が巡行の終着点である南の聖堂カセドラルにたどり着くまで、誰一人として脱落することはなかった。


「何だかあの人たち、ちょっと不気味……」

 思わずつぶやいたヤスナに、隣を歩いていた上級生の子が小さな声でささやいた。

「でも、彼らの存在も必要なのよ。もう少ししたら分かるわ」


 普段は立ち入ることのできない聖堂カセドラルに、彼女たちの隊列は入って行った。他の女性や子供たちは入り口で警備員に制止されたが、驚いたことに、あのオジンたちだけは立ち入りを許された。


 聖堂カセドラルの中は円形の広いホールになっていて、周囲を緩やかな螺旋階段状の通路が取り巻いていた。その通路を、ヤスナたちは上がっていく。

 しかし、オジンたちはホールで足止めとなり、入り口の扉も閉ざされてしまった。ここで彼らは、不安げな顔になるものと、期待に満ちた表情を浮かべるものとに二分される。


 突然、激しい水音が響いた。

 閉ざされたホールの底に、すさまじい勢いで冷水が満ちて行く。うお、おう、という海獣トドの咆哮のような悲鳴が、あちこちで上がる。


「こうして、邪を滅ぼすの。これで、お祭りは完成形になるのよ」

 先ほどの上級生が言った。

「でも、あの人たち、このままじゃ……」

「大丈夫よ、溺れ死ぬまではやらないわ。さあ、これで彼らを清めてあげましょう」


 ヤスナは、ひしゃくを手渡された。これに熱い湯を汲んで、祭り唄パレード・ソングを詠唱しながら彼らの頭上にぶっかけるということらしかった。

 聖なる彼女らに、熱湯消毒にて浄化されるオジンたち。それは果たして、天国か地獄か。

 しかし、どう見ても大半の男たちは大喜びで悲鳴を上げていて、ヤスナは心底げんなりした気持ちになった。来年も来るだろうな、この人たち絶対。

 そうやって、祭りの伝統は続いていくのだった。

(了)


[次回予告]

戦争アトミック前の鉄道遺構を求めて、山中の廃集落を訪れたトリニータ。そこで彼が発見したのは、かつての高度な技術を伝える先人の遺産だった。

次回第24話、「流線型の遺産」

――メトロポリスで、またお逢いしましょう。

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