通過列車

 一日に数本の旅客列車を見送ると、取留街とりとめがいの駅は静まり返った。制帽を脱いだイサミ駅長は、ホームのベンチに腰掛けて、駅の構内を見回す。


 青い駒形屋根のかわいらしい駅舎に、狭く短いホームがくっついているだけの小さな駅。しかし、その構内は不釣り合いなほどに広大だ。何本ものレールが扇のように広がって分岐している。そのほとんどは錆びついて、利用されている様子はなかったが。


 取留街の駅につながるその支線は、たった一駅だけの区間しかない、短距離路線だ。当然、この駅は終着駅ということになるわけだったが、実際には線路はもっと先まで続いていた。

 線路の彼方には、固体ラピスラズリなどの有価鉱物プライムを産出する鉱山があって、そこで採掘された鉱石の運搬に、この鉄道が利用されているのだった。


 しかし近年では、共通液体通貨リキドマネーの原料として使われる液体ラピスラズリのほうが主流になってしまい、固体ラピスラズリを産出するこの鉱山は、すっかり活気を失くしてしまっていた。

 当然に鉄道路線のほうも寂れてしまい、かつては長大な貨物列車が行き交ったこの路線も、今はせいぜい五、六両編成程度の鉱石運搬列車がたまに走る程度だった。


 鉄軌機構は数年前に駅員を引き上げてしまったが、町の住民にとっては大切な駅である。

 結局、準区の役場が駅の管理を受け持つことになり、専務書記の職を最後に役場を去ったOBの老人、つまりイサミを名誉駅長として配置することにしたのだった。


 鳥のさえずりしか聞こえなくなったホームに、一匹、また一匹と音もたてずに姿を現した「お客」がいた。

 ベンチの下、駅舎横の植え込み、ホーム上屋のスレート屋根など、様々な場所から集まってきたのは、この駅に住み着いている猫たちだった。ひと仕事終えたイサミ駅長が、いつもおやつをくれることを知っているのだ。


 今日のおやつは妻が用意してくれた、やまどりのささみを蒸したものだった。五匹の猫たちは、目の色を変えてごちそうに飛びつく。たくさんあるから、喧嘩するんじゃないよ、とイサミ駅長は穏やかに声を掛ける。

 お腹を満たした猫たちは、各々ホーム上のお気に入りのポジションで、柔らかな秋の陽を浴びながらリラックスして過ごした。

 

 そんな姿を目を細めて眺めていた駅長の頭上で、突然ブザーが鳴り響いた。列車接近の警告音だ。

 こんな時間に列車はないはずで、臨時便ということなのだろうが、彼は何も知らされていない。所詮はお飾りの、名誉駅長なのだ。運行管理には一切タッチしていない。


 猫たちがゆっくりと起き上がり、ある者は大きく伸びをして、なぜかは分からないがホームの隅に生えているオリーブの木の下に集まった。

 やがて線路の彼方、本線の方角から機関車のエンジン音が響いてくる。

 今まで聞いたことがない、低く唸るような音だ。イサミ駅長が目を凝らしていると、緩やかにカーブする線路の向こうから機関車がゆっくりと姿を現した。


 真っ黒なペンキで塗装された、鉄の塊のような内燃機関車が、列車の先頭に一両、二両……三両も連結されている。やはり見たことのない形式だ。

 こんな零細な支線にやってくるような車両ではないように名誉駅長には思えたが、確かにその通りで、この路線の許容軸重を超えるクラスの重量級機関車なのだった。

 機関車の後ろには、同じような形をした貨車の列が延々と続いているようだった。


 先頭の機関車群が、駅長たちの目の前をゆっくりと通過していった。繰り返される警告ブザーとエンジンの轟音、先ほどまでの静寂が嘘のように、駅の構内は騒音で満たされた。

 その後に連なる無蓋貨車に載せられた貨物は、異様な外見をしていた。

 何かで塗り固めたような、白くのっぺりした多面体のあちこちから、銀色のパイプが突き出している。


 これは、何だ。額から噴き出す汗をぬぐうことも忘れて、イサミ駅長はその長大な貨物列車を見つめていた。

 オリーブの木の根っこに集まった猫たちも、みな毛を逆立て、太くなった尻尾をわずかに持ち上げて、その奇妙な物体の列をにらみつけている。

 二十両近くも続いた貨車の最後尾には、保安警察の警備専用車が連結されていた。その車内に、武装した威力警備官が乗っているところを、駅長は確かに目にした。


 鉱山方面に向かって列車が走り去ってしまっても、猫たちは落ち着かない様子で、しばらくの間ホームをうろうろし続けていた。イサミ駅長には、彼ら彼女らを一匹ずつ抱き上げては体を撫でてやることしかできなかった。


 運ばれた貨物は恐らく坑道内に収容されるのだろう。しかし、あの禍々しさは普通ではない。どうしても気になった駅長は、古巣である準区役場へ出向いて、かつての部下である地域部長に自分が見たことを話した。


「ああ、聞いておりますよ。有価液体鉱物プライム採掘時の副産物として出た不純物を、坑道を利用して保管するそうです」

 部長はにこやかに、軽い口調で言った。

「有害なものでは、ないのだろうね」

「大丈夫です。郡庁の資料で確認しました」

 部長が嘘をついていることは、付き合いの長いイサミ駅長にはすぐに分かった。しかし、それ以上追及しても何も話してはくれないだろう。

 礼を述べて、彼は役所を退去した。


 戦争アトミックによる壊滅から、ここまでの復活を遂げたこの世界。それは一つの奇跡ではあったが、そもそも仕掛けのない奇跡というものは存在しない。それが、現実だ。

 みんなが見ていない、見ようとしないどこかで、その奇跡のツケが積み上がって行く。

 かつて属した権力機構の末端で、次々と回ってくる書類の中に、彼はその禍々しい気配を嗅ぎ取ったことがある。あの積み荷は、そのツケの一部なのではないか。しかし、真実を知る術は無かった。


 その後、あの奇妙な列車がホームを通り過ぎることは二度となかった。猫たちと過ごす、おだやかな毎日が続くだけだった。

 しかし、と名誉駅長は時折、レールの彼方の鉱山やまをじっと見つめる。あの下には、一体何が隠されているのだろう。

 そんな時は、猫たちも少し落ち着かない様子で、ホームをうろうろとするのだった。

(了)


[次回予告]

 再開発のため、人工地盤ブロックごと廃棄された暫定市街地の墓場、タウン・グレーブ。誰も住むはずのない場所で、旅する男が出会ったのは――。

次回第15話「棄てられた街の灯り」

――メトロポリスで、またお逢いしましょう。


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