珊瑚湖の素敵な夏

 スコーレの住む紅珊瑚べにさんご準区セミウォードの町は「珊瑚湖」という大きな湖に面していた。その湖畔の砂浜は、白砂と明るいブルーの水面とのコントラストが美しく、北方でも随一のビーチと呼ばれている。


 夏になると、その絶景が目当ての大勢の湖水浴客が、シティを始めとした各地から押し寄せた。

 郡部諸街区連接鉄道ディジーチェーンの支線を走って来る小さな電動客車は観光客で満員になり、いつもがらがらの南北幹線には無数のくろがね三輪が列を作る。普段は見ることの無いランドーレットやフェートンなどの高級車までもが通りに姿を現した。

 ビーチに近い銀砂街では、流行の洒落た水着姿のお姉さんたちが闊歩する姿も見られるのだ。


 郡部諸街区カウンティに点在するたくさんの街区の中でも、最も小さな部類に入るこの町だが、この時期に限ってはシティの都会的な雰囲気に触れることができる。そんな夏が、彼は大好きだった。

 そんな都会からのお客に、ビーチで拾った宝石珊瑚のかけらを磨いて売るのが、スコーレたちこの町に住む子供にとって、恒例の小遣い稼ぎとなっていた。


「ぼく、この紅い珊瑚はおいくらかしら?」

 晴れた日の朝、銀砂街の路上で衛生筵の上に珊瑚を並べて売っていたスコーレに、露出の多いモノキニタイプの水着からすらりと長い足が伸びる、美しい女性が訊ねた。赤くなり、言葉に詰まった彼の代わりに、隣のマリーナが答える。

「これは、貴重なオカベニトサです。少々お高いですが五十億クレジットでお売りしています」

 美女は「安っ」という顔をした。つい先ほどビーチクラブで食べたライトミールの、半額以下なのだ。彼女は喜んで、その枝珊瑚を買って行った。


「ちょっと、駄目じゃないの。美人だからって、上がっちゃって」

 スコーレにそう言って、マリーナは口を尖らせた。初等学校の同級生なのだが、どうもお姉さんのような感じなのである。

「……ごめん。女優さんみたいで、水着もすごかったし、びっくりしちゃって」

 頭を掻きながら言い訳したスコーレは、マリーナに「エロじじい」とさらに怒られることになってしまった。


 その日の午後、珊瑚の撹拌採取アジテーションが行われるというということで、スコーレたちは湖畔に集まった。湖の深いところに生育する宝石珊瑚を、珊瑚組合ギルドが人工竜巻によって採取するのだ。

 子供たちの目当ては、そのおこぼれでビーチに漂着する珊瑚のかけらだった。

 本来、組合ギルド以外の者が宝石珊瑚を売ることは禁じられていたが、子供が拾って売る程度については目こぼしされていた。


 珊瑚湖の中心近くには、鉄骨を組んだやぐらを載せた台船が四隻浮かべられていた。そのやぐら同士をX型につなぐ、鋼鉄製のビームの交点に設置された巨大な円筒形の装置が通称「人工竜巻」の発生装置だった。

 湖底にまで届く、漏斗状の強力な渦巻水流を巻き起こして、湖水ごと宝石珊瑚を吸い上げるというのがその仕組みである。吸い上げた水が、竜巻のように渦を巻きながら空中に吹き上がることからその名で呼ばれている。


 長いサイレンの後、装置の主幹モートルが 甲高い音を立てて回転し始めた。霧状になった湖水が、円筒の上でうっすらと渦を巻き始める。

 装置が吸い込む空気の音が辺りにごうごうと響き渡り、明るいブルーの湖面に漣を走らせた。やがて、装置の上空には白い柱のような人工竜巻が立ち上がり、青空高く湖水を吹き飛ばした。


 ビーチでその様子を眺めていたスコーレやマリーナたちの辺りにも、まるで霧雨のように水が降り注いだ。

 今日は雲一つない快晴で、頭上で輝く太陽の光が、彼らの頭上に環状の虹を何重にも創り出した。その美しさに、何が行われているのかを理解していない湖水浴客たちも、みんな歓声を上げる。年に数回の、一大スペクタキュラーだ。


 そんな中、スコーレは小さな違和感を感じていた。今日の人工竜巻は、あまりに勢いが良すぎる。風の音だって、いつもよりもずっと激しい気がする。

「あんたも、そう思うのね」

 マリーナは、彼の言葉に眉をひそめた。

「都会のお客が多いから、派手目にやってるのかとも思ったんだけど……あっ!」

 彼女と、同時にスコーレたちも大声を上げた。

 垂直に伸びる柱のようだった人工竜巻が、らせん状にぐるぐるととぐろを巻いて回転し始めたのだ。

 装置を支えている台船に乗っていた作業員たちが、我先にとばかりに湖の中に次々と飛び込んで行く。みんな、逃げ出そうとしているのだ。


 人工竜巻装置が一瞬、大きく膨らんだように見えた。次の瞬間、大音響と共に円筒形の装置は破裂し、粉々になって飛び散った。

 保安警察の調査によると、老朽化したモートルが制御回路の故障によって過回転の状態に陥り、各部の部品が耐久限界を超えて自壊したのが事故の原因らしいということだった。幸い、人的な被害は出ていなかった。


「びっくりしたけど、ついてるよね」

 紺色の教育期水泳着スクール・コーズィを着たマリーナが、両手にたくさんの珊瑚を抱えて、青い湖水の上で微笑む。

 あの事故の際に飛び散ったのは、装置の部品だけではなかった。採取された大量の宝石珊瑚もまた飛散し、その一部がビーチの近くに流れ着いたのだった。

「うん、あの事故のおかげだね」

 透き通るような、紅い枝珊瑚を陽の光にかざしながら、スコーレも嬉しそうに笑う。おかげで、お小遣いに困ることもない。今年の夏は、特別に素敵な夏なのだった。

(了)


[次回予告]

アリシャ、手塩にかけて育てた、思考処理系シンキング・プロセッサ。しかし、いつか彼女との別れが来ることは、彼にも分かっていた。それは、育成者としての宿命なのだ。

次回第13話、「旅立つ春に」

――メトロポリスで、またお逢いしましょう。


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