買取交渉
大した仕事ではなかった。わざわざ私のような、Σグレードの
しかし、
「コーネルさんよ。いくら言われても、このコンソール・ナンバーを売るわけにはいかねえんだ。親父の代から、ずっと使ってる番号なんだからな」
その男、ガ州ウナギを使ったライスボウルを食わせる食堂の主は、いかにも頑固そうな顔つきでこちらをにらんだ。
しかし「親父の代」とか言っても、
現在の番号所有者である食堂主を説得し、コンソール・ナンバーを買収してもらいたい。それが私の依頼主である、
ならば、こちらも対等な
「そもそも、この語呂合わせには無理がありませんか?」
店先の看板を、私は見上げる。ウナギが笑うイラストの隣に書かれたコンソール番号の下7桁、「0184-079」の上には、「おいしいわよ、うなぎ」という小さな文字が並んでいた。
どこを、どう読めばそうなるのだ。羽ヶ淵本社がなぜこんな番号を必要としているのか、なぜわざわざ交渉をしてまで買い上げしようとしているのかは知らないが、この男の商売にとっても、特に役立つ要素のある番号だとは思えなかった。
「何だと! 親父が必死で考えた語呂合わせを、てめえ馬鹿にしやがるのか!」
血相を変えて店主は反論した、のだが、どうも熱が入っていないようだ。
「いやお前、そんなアッチチになって考えたわけじゃねえぞ、わしゃあ。ノリだ、ノリ」
店主の背後から、老人の声がした。本物の
「親父は、黙ってろよう」
ばつの悪そうな顔になった店主の男、これは本当に
ここで私は、切り札を切った。
「こちらとしても、代わりの番号をいくつかご用意させていただいております。例えば、『8888-888』など、いかがです?」
男は、驚いたような顔をした。そりゃそうだろう。八並びはブロック内でたった一つ、最高ランクの希少番号なのだ。私だって、不思議なのである。何だってまた、そこまでの大盤振る舞いをするのだ羽ヶ淵の連中は。
「一体誰なんだ。あんたの依頼主ってのは」
これはまあ、ごく素直な疑問だった。私は黙って青いサングラスを外し、暫定市街地の背後に見える
「……だろうな。でなきゃ、そんなことはできねえ」
店主は、急に貪欲そうな目になった。この世界最大の企業が相手なら、さらに有利な条件を引き出せるはずだ、そう考えたのだろう。
「そこまで言うのなら、断腸の心持ちだが、この番号を譲らなくもねえ。ただ、実際の話、番号が変わるとなると商売に差し障りも出る。希少番号ならそれで良いってわけでもないんでね。その辺りの補償がどうなるか、そこをきちんと聞いておかないとな」
よろしい、大変に分かりやすい。
これで
しかしここで、私は変化球を投げてみることにした。敢えて
「その答えは、先ほど差し上げたはずですよ。私の依頼人は、
私はにこやかな表情を浮かべ、しかし全く笑っていない冷たい目で、男を見つめた。
「これ以上を求めれば、全てを失いますよ。全てを、です」
この初歩的な脅しは、見事に効いた。店主は蒼白になって、番号の交換を受け入れた。
上乗せのオプション一切なしで、私はこの買い取り交渉を終えることができた。まあ、これくらいのことはやって見せなければ、ゼロ・コーネルの名が泣くというものだ。
後日、買い取った番号が実際に使われているところを目にした。新たに設立された羽ヶ淵系列の企業が、ブロック内で開店したヒーリング・サロンの看板に、あの番号があったのだ。
新規事業のスタートを大々的に祝うように紅く光る、「0184-079」のネオン文字の上には「大いなる癒しお安く」という語呂合わせの小さな文字が並んでいた。
私は思った。だから……どこをどう読めばそうなるのだ!
(了)
[次回予告]
上流家庭の子弟ばかりが通うエリート校における異色の生徒、リュージ。この世界の成り立ちを鋭い目で見通す彼と一緒なら、彼女もたどり着けそうな気がした。
次回メトロポリタン・ストーリーズ、「空へ続く
――メトロポリスで、またお逢いしましょう。
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