機械の森の住人
そこから
ついに、ここまで来た。ヤゴウは感動の面持ちで車窓を見つめた。
しかし周囲の乗客は、外の眺めになど見向きもしない。ここの住民にとっては、これが当たり前なのだ。
華やかなこの
返事が返って来たのは、たった一社だけだった。
ただ、その一社というのは世界を支配する
その手紙には、「可能ならすぐにでもこちらへ来られたい」ともあり、望外の結果に狂喜したヤゴウは、数日後にはもう
河を渡り切ると、
間もなく電動客車は、「高架軌道」の名前の通り地上を離れて、市街地を横切る高架の上を進んだ。次に停車する駅で、彼は「支線」に乗り換えることになっている。その先に、目指す会社があるはずだ。
いつの間にか沿線の雰囲気は、先ほどまでとはがらりと変わっていた。遥か彼方まで広がる市街地のあちこちには無数の煙突が林立し、各々が白や黒の煙を吐いている。これが
乗り換えた「支線」というのは、想像していたのとは全く異なる乗り物だった。
鋼鉄の箱のようなゴンドラが、いくつも
この工業地帯で働く者以外は乗ることが出来ないらしく、会社からの手紙を提示して初めて、乗り換えのゲートを通過することが出来た。
鉄骨を組んだ櫓の上にある、目もくらむような高さの乗降場から、彼はその箱の一つに乗り込んだ。
鋼鉄製のプラットホームとゴンドラの間にある隙間からは、遥か下方の街が見えていて、足を踏み外せばそのまま落下してしまいそうだった。
空中に出たゴンドラは一気に加速しながら、工場群の間を縫うように前進した。
無数に建ち並ぶ鉄骨製の櫓や、白い蒸気を吹き出す冷却塔。円筒状の液体タンクの行列に、いくつも連なるベルト・コンベヤー。束ねられた何かの資材を、空高く吊り上げるクレーン。曲がりくねった太いパイプが何百本も、それらの間をつないでいる。
巨大な煙突は摩天楼をしのぐかと思われる高さで、鉄格子の入った窓から無理に見上げてみても、その天辺は雲の中に隠れてしまっているようだった。
機械の森、とでも呼ぶべきその様子を、空を行く彼は呆然と眺め続けた。これが本当の、
たどり着いた勤め先は、元々ヤゴウが想像していたような小奇麗なオフィスなどとは全く違い、煙突を支える櫓の外側にくっついた貨物コンテナーのような場所だった。
しかし、彼に不満はなかった。ちゃんと専用のデスクが用意されていたし、立体簿記に用いるコンソールは十分に高性能なものだった。バブル・チェンバーに浮かび上がった数字の精細な表示を見て、これなら仕事もやりやすいぞ、と彼はやる気を掻き立てられた。
あてがわれた住まいは、狭苦しい居住カプセルを無造作に積み重ね、外側から剛性金属バンドを巻き付けて強引に補強したような代物だったが、こちらもすっかり気に入った。つまり、
家のそばには、段丘崖のように両側に続く巨大な工業用プラントに挟まれた通りがあって、ここがブロック内のメインストリートの役目を果たしていた。
食料品や衣料、医薬品など、生活に必要なものを一通り、道沿いに並んだ工場の販売所で手に入れることができて、彼が育った街区の商店街よりもよっぽど便利なくらいだった。
一月も経たないうちに、ヤゴウはこの街での暮らしにすっかり馴染んだ。
支給された事務服を着崩して、
夜空を見上げると、機械の森の向こうに、月と
俺はあんなものに憧れていたんだ、と可笑しくなる。煌びやかなビル群も美しい住宅群も、所詮は飾りに過ぎない。ここが世界の心臓であり、全てはここから産み出されているのだから。
そうやって、あらゆるものを呑み込み、
(了)
[次回予告]
Σグレードの心理交流干渉士、ゼロ・コーネルは手を抜かない。例え小さな案件でも。しかしその語呂合わせは……どこをどう読めばそうなるのだ! 彼は叫ばずにはいられなかった。
次回メトロポリタン・ストーリーズ、「買取交渉」
――メトロポリスで、またお逢いしましょう。
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