機械の森の住人

 郡部諸街区連接鉄道ディジーチェーンの長距離列車に揺られて旅すること、およそ三日。

 そこから高架軌道Sバーンの電動客車に乗り換え、大きな河に架かる細い鉄橋を渡ると、夢にまで見た超々高層ビル群が、対岸の空に幻のように浮かび上がって見えた。戦争アトミック後の世界に甦った唯一、最大の巨大都市、シティ


 ついに、ここまで来た。ヤゴウは感動の面持ちで車窓を見つめた。

 しかし周囲の乗客は、外の眺めになど見向きもしない。ここの住民にとっては、これが当たり前なのだ。


 華やかなこの大都会メトロポリスで働くことは、南方に近い小さな街区で育ったヤゴウにとって、幼いころからの目標だった。

 業務能力開発校ジョブスクールで立体簿記を学んだ彼は、卒業してすぐに、シティに本社を置く有力企業の数々に就職希望の手紙をせっせと書いた。


 返事が返って来たのは、たった一社だけだった。

 ただ、その一社というのは世界を支配する一大企業群コンツェルナ、あの羽ヶ淵はねがふち本社の傘下にある重機械工業会社だった。しかも、彼が属することになったのは花形の飛行機械部門で、大艇クリッパー級の大型旅客飛行艇なども製造しているという。

 その手紙には、「可能ならすぐにでもこちらへ来られたい」ともあり、望外の結果に狂喜したヤゴウは、数日後にはもうシティへと向けて旅立ったのだった。


 河を渡り切ると、田園都市街区ガーデン・シティの緑豊かな風景が、車窓に姿を現した。真新しい白壁が美しい住宅群が、通りに沿って続く並木や植込み、綺麗に刈り込まれた芝生などの間に点在している。

 郡部諸街区カウンティの、荒々しい自然とは全く異なる、整った景観。何という素敵な街なのだろう。しかし、自分がこんな場所に住むなどということは想像もできなかった。

 

 間もなく電動客車は、「高架軌道」の名前の通り地上を離れて、市街地を横切る高架の上を進んだ。次に停車する駅で、彼は「支線」に乗り換えることになっている。その先に、目指す会社があるはずだ。

 いつの間にか沿線の雰囲気は、先ほどまでとはがらりと変わっていた。遥か彼方まで広がる市街地のあちこちには無数の煙突が林立し、各々が白や黒の煙を吐いている。これが戦争アトミック後に急成長したシティの富の源泉、大工業地帯メガ・インダストリーの風景だった。


 乗り換えた「支線」というのは、想像していたのとは全く異なる乗り物だった。

 鋼鉄の箱のようなゴンドラが、いくつも鋼索ケーブルに吊り下げられて、駅と工場群の間を行ったり来たりしているのだ。

 この工業地帯で働く者以外は乗ることが出来ないらしく、会社からの手紙を提示して初めて、乗り換えのゲートを通過することが出来た。


 鉄骨を組んだ櫓の上にある、目もくらむような高さの乗降場から、彼はその箱の一つに乗り込んだ。

 鋼鉄製のプラットホームとゴンドラの間にある隙間からは、遥か下方の街が見えていて、足を踏み外せばそのまま落下してしまいそうだった。


 空中に出たゴンドラは一気に加速しながら、工場群の間を縫うように前進した。

 無数に建ち並ぶ鉄骨製の櫓や、白い蒸気を吹き出す冷却塔。円筒状の液体タンクの行列に、いくつも連なるベルト・コンベヤー。束ねられた何かの資材を、空高く吊り上げるクレーン。曲がりくねった太いパイプが何百本も、それらの間をつないでいる。

 巨大な煙突は摩天楼をしのぐかと思われる高さで、鉄格子の入った窓から無理に見上げてみても、その天辺は雲の中に隠れてしまっているようだった。

 機械の森、とでも呼ぶべきその様子を、空を行く彼は呆然と眺め続けた。これが本当の、シティの姿なのだ。


 たどり着いた勤め先は、元々ヤゴウが想像していたような小奇麗なオフィスなどとは全く違い、煙突を支える櫓の外側にくっついた貨物コンテナーのような場所だった。

 しかし、彼に不満はなかった。ちゃんと専用のデスクが用意されていたし、立体簿記に用いるコンソールは十分に高性能なものだった。バブル・チェンバーに浮かび上がった数字の精細な表示を見て、これなら仕事もやりやすいぞ、と彼はやる気を掻き立てられた。


 あてがわれた住まいは、狭苦しい居住カプセルを無造作に積み重ね、外側から剛性金属バンドを巻き付けて強引に補強したような代物だったが、こちらもすっかり気に入った。つまり、クールだというわけだ。

 家のそばには、段丘崖のように両側に続く巨大な工業用プラントに挟まれた通りがあって、ここがブロック内のメインストリートの役目を果たしていた。

 食料品や衣料、医薬品など、生活に必要なものを一通り、道沿いに並んだ工場の販売所で手に入れることができて、彼が育った街区の商店街よりもよっぽど便利なくらいだった。


 一月も経たないうちに、ヤゴウはこの街での暮らしにすっかり馴染んだ。

 支給された事務服を着崩して、主幹マスターコンベヤー下の小路を闊歩し、クレーン塔の麓に無断設置された立ち飲みブースで、ガ州産のライスヴァインを一杯引っかける。

 夜空を見上げると、機械の森の向こうに、月と高度集積地区コア・エリアの超々高層ビル群が輝いているのが見える。

 俺はあんなものに憧れていたんだ、と可笑しくなる。煌びやかなビル群も美しい住宅群も、所詮は飾りに過ぎない。ここが世界の心臓であり、全てはここから産み出されているのだから。


 大都会メトロポリスは様々な魅力を振り撒き、多くの人々を引き寄せる。そして今度は、やって来た彼らが街の一部となって、富を産み出す側に回るのだ。心地よい誇りと共に、機械の森の住人パーツとなって。

 そうやって、あらゆるものを呑み込み、大都会メトロポリスは膨張して行く。まるで、生命を有するものであるかのように。

(了)



[次回予告]

Σグレードの心理交流干渉士、ゼロ・コーネルは手を抜かない。例え小さな案件でも。しかしその語呂合わせは……どこをどう読めばそうなるのだ! 彼は叫ばずにはいられなかった。

次回メトロポリタン・ストーリーズ、「買取交渉」

――メトロポリスで、またお逢いしましょう。

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