モールスターの悲劇
「うちも、閉局することになったよ」
と諦め顔のディレクターに告げられて、ディラクはついに自らの「モールスター」としての命脈が尽きたことを知った。
次々とモールス放送局が消えてゆく中、最後の大手打電所となっていたこのACMまでが閉局となると、もう彼に働く場所はなかった。
復興期においては、モールス信号を用いた電信こそが、全世界において圧倒的に普及していた通信方法だった。それは単に遠方との連絡用という域を超えて、多数の受信者に情報を広める「放送」として用いられるところまで発展を遂げていた。
送信者の中には、独自のリズムでモールスを打ち、ゴシップ記事や娯楽小説の内容を面白おかしく伝えることで人気を博する者もいた。彼らは「モールスター」と呼ばれ、ディラクはその中でも五本の指に入る人気送信者だった。
彼のモールス打電には前のめりな疾走感があり、「グルーヴィー」だと高く評価されていた。しかし、もうお終いである。
かつての栄光の名残、超々高層ビルの最上階という一等地に位置するモールス放送局からの帰り道、
「話題のニューメディア、音声ラジオ放送開始!」というNEBのその広告は四年前のものだ。たった四年間で、その「ニューメディア」であるラジオ放送は、モールス放送を駆逐してしまったわけだ。
受信者の側が、頭の中でモールス符号を文字に置き換えながら放送を聴かなければならないモールス放送に比べれば、音声をそのまま電波に乗せて送信する「ラジオ」は、圧倒的に便利である。しかも、音楽の演奏を流すことだって出来るわけだから「グルーヴィー」さでも勝負にならなかった。
ディラクの決断は、この
しかし、郡部の中でも
都落ちの悲哀を少しでも和らげようと、彼は旅客用飛行艇での旅を選んだ。幸い、まだ蓄えは十分にあり、きわめて高価な乗艇券を買うのにも困ることはなかった。
向かいのソファーに座った、ディラクと同じ四十年配と思われる男は、隣に座る若い美女に向かって、何やら面白おかしい調子で、眼下にきらめく
南北を流れる大きな川の成り立ち、
「あの、もし、失礼ですが」
ディラクの隣に座る老婦人が、ふいに男に向かって声を掛けた。
「もしかして、あなたは……ジェイ・トレヴェニアさまでいらっしゃいますか?」
ディラクの顔色が変わった。そうだ、この声は。NEBラジオの人気ジョッキー、J・Tのものに間違いなかった。
「私の名前をご存知とは。光栄です、奥様」
J・Tは立ち上がり、優雅に一揖してみせる。
ラウンジ内の空気が、いっぺんに華やいだ。当代随一のラジオ・スターが同乗しているというのだ。特に、女性たちの喜びようは相当なものだった。
表情を強張らせながらも、ディラクもまた周囲に調子を合わせて、J・Tとの会話を楽しんでいるふりをした。特別ハンサムではないが、知的で気さくで、この男が人気者になるのは当然だとも思えた
。
もしも彼があの「ディラク・マーゲイ」だと名乗り出れば。しかし、彼は恐ろしかった。モールスターとラジオスター、その新旧交代を思い知らされることになるのではないか。
「今度、風境区でラジオの試験放送が始まるのですが、その開局記念放送に呼ばれたのですよ。いよいよ南方にも、ラジオの時代がやって来るわけですね」
南方を訪れる目的を訊ねられたJ・Tは、そう答えた。風境区は南方最大の街区で、ディラクもそこを目指すつもりだったのだが、すでに手遅れらしい。
南方側の拠点である停泊地、マンノー海と呼ばれる人工湖に飛行艇が到着したのは、出発からほぼ丸一日後だった。
ほとんどの乗客は、ここで豪華な連絡船に乗り換える。しかしディラクは、驚く他の乗客たちに背を向けて、
ここに来ているのは、支線のまた支線といった感じの零細なローカル線だった。貨車を改造したらしい粗末な石油動車に乗り込んだ彼は、木箱のような座席の上で、むしろほっとしていた。飛行艇の客が乗るような路線ではない。しかし、今の彼にはお似合いだった。
走り始めた車両の窓からは、建設の途中らしい巨大な鉄塔が、湖のはるか彼方に霞んで見えた。あれは恐らく、ラジオの送信所だ。
もはや彼に、居場所などないのかも知れない。しかし、とにかく辺境へ……さらに淋しい場所へ。今は流れて行くしかない。
隙間だらけで風が吹き込む車両の壁にもたれかかり、ディラクは黙って瞳を閉じた。
(了)
[次回予告]
次回メトロポリタン・ストーリーズ、「メトロポリス脱出」
――メトロポリスで、またお逢いしましょう。
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