プロペラ奇譚

 ギンが立ち寄ったジャンク屋の店先は、雑然とした天女座アンドロメダ街の中にあっても、群を抜いて混沌とした様子を見せる場所だった。年代物の実体幻視機や旧式の冷凍式保存庫クライオ・フリッジなどの中古品が、道にはみ出すくらい山積みにされている。


「ごめん下さい」

 薄暗い店内に足を踏み入れて、彼は声を掛けた。反応がない。さらに大きな声を出そうとした瞬間、彼のすぐ目の前に、白髪の老人の顔が上下さかさまに突き出された。

「うわ」

 ギンは床にへたりこんだ。

「やあ、失礼、失礼。ちょっと作業をしていたものでな」

 髪がボサボサの頭を下にしたままで、老店主は笑った。ギンの頭上すぐの所に吊り下げられた、高所作業パレットの上にいたらしい。

「どのようなご用件でしたかな?」

「その、これを買い取ってもらおうかと」

 旋風式空洗機トルネクリーナを、彼は両手で持ち上げて見せた。生業にしている迅速麻雀ブウマンでの負けが込んで、家計がピンチなのだ。部屋の空気など気にしていられない。


「それは、それは。今降りて行きますので、そこを少し動いてくださるかな」

 老人の顔が引っ込む。ギンが慌てて店の奥に移動すると、パレットが降下を始める。

 巻き上げモートルの唸り声が反響する、がらんと高い天井を見上げた彼は、その真ん中を走る鉄骨の梁に、巨大な天井扇シーリングファンが取り付けられていることに気付いた。その直径は、彼の身長の倍はあるだろう。あんなものを回したら、巻き起こる風で室内はめちゃめちゃになってしまう。


「気になりますかな、あれが」

 いつの間にか彼のそばに立っていた老店主が、一緒に天井を見上げる。

「いえ、随分大きな天井扇だなって」

「あれはプロペラなのですよ、飛行艇用のね。一応は、売り物でしてな」

「飛行艇の、プロペラ」

 ギンは目を丸くした。大きいはずだ。しかし、そんなものを買う人がいるのだろうか。

「それも、ただの飛行艇ではありませんぞ」

 老店主は声を潜めた。

「『13便』の名前はご存知でしょうな」


 南方往還第13便、通称「13便」は、世界最大の都市であるシティと南方地方を結ぶ航空路線が開設されたごく初期の頃に、謎の消失事故を起こした飛行艇として知られていた。

 シティへ向かって出航した二十人乗りの「メガ・クルーザー」機――当時としては大型機だ――が停泊地の湖を離水して間もなく消息を絶ち、二度とその機体が見つかることはなかったとされる。


「二十年以上前のことですね、俺はまだ子供でしたが。しかし、まさかこのプロペラが」

「13便」のだって言うんじゃないでしょうね、とギンは疑わし気な目を老店主に向けた。

「そう、『13便』のプロペラです」

 しかし店主は涼しい顔で言い切った。

「しかし、あの機体は全くの行方不明で」

「実はこのプロペラだけが、発見されていたのですよ。ウォターク砂沼の南端辺りでね。だとすれば、13便はあの広大な砂沼のどこかに沈んでいる可能性が高い。これもご存知かな……あの便には、大量の有価鉱物プライムが搭載されていたと言われております。もし機体を発見できれば、大金持ちになれるかも知れん」


 もっともらしい顔で老店主は語ったが、もしそんなものが見つかっていたのなら、大ニュースになっているはずではないか。

「それは、わしだけが知る特殊なルートで入手したものですからな。世間一般ではこいつの存在は知られておりません。長年極秘にしてきたものですが……残念ながら、いくら手を尽くして探しても機体の破片すら見つかりませんでな。わしもこんな歳ですから、もう宝探しにも疲れました。ならば、もし一つ13便を探してみようか、という方がおられたらこいつをお譲りしようと、この店内に飾ることにした次第です」

 老店主の眼は、あくまで本気のようだった。

「このプロペラだけが、全てを知っておるのですよ。いかがですかな? もちろん、詳しい調査図をお付けしますのでな」


 その気迫に、思わずギンは売値を訊ねた。店主が口にした価格は、くろがね三輪の新車よりは高く、上級フェートンの中古車より安い、そんなところだった。

 意外に安かったが、うだつの上がらないギャンブラーである彼の収入では手が届かなかったし、そもそもこんなものを買ってみてもどうしようもない。まさか、宝探しを始めるわけにもいかないだろう。


 結局、古ぼけた旋風式空洗機トルネクリーナを二束三文で引き取ってもらっただけで、彼は店を後にすることになった。

「こいつに興味を示してくれたのは、あんただけです。良ければ、またおいでください」

 去り際に、老店主はそう言って微笑んだ。

 いかにも、胡散臭い話である。何人もの客にあの店主は同じ話を聴かせて、13便のプロペラと称するガラクタをいくつも売りつけていた――まあ、落ちはそんなところだろう。


 しかし彼の頭の中からは、砂沼の底に沈む飛行艇の姿が、どうしても消えなかった。渦を巻く流動性の砂、その暗い底でお宝を抱いたまま発見を待ち続ける、消えた13便。

 ギンがウォターク砂沼へと旅立ったのは、七年後のことだった。13便の幻影をどうしても振り払うことができなかった彼は、迅速麻雀ブウマンでの連戦連勝で作った金を、飛行艇探しに注ぎ込むことにしたのだった。


 砂沼の近くに探索拠点として建てられた小屋の前には、あのプロペラが屹立していた。それはまるで、彼の挑戦を象徴するモニュメントのようだった。

(了)


[次回予告]

運河に向かってずらりと並んだネオンの下で、人々が暮らす「ネオン下」の集落。母と二人でそこに暮らすチエを襲った不幸を救ったのも、そのネオンの輝きだった。

次回メトロポリタン・ストーリーズ、「ネオン下のハッピー・エンド」

――メトロポリスで、またお逢いしましょう。



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