プロペラ奇譚
ギンが立ち寄ったジャンク屋の店先は、雑然とした
「ごめん下さい」
薄暗い店内に足を踏み入れて、彼は声を掛けた。反応がない。さらに大きな声を出そうとした瞬間、彼のすぐ目の前に、白髪の老人の顔が上下さかさまに突き出された。
「うわ」
ギンは床にへたりこんだ。
「やあ、失礼、失礼。ちょっと作業をしていたものでな」
髪がボサボサの頭を下にしたままで、老店主は笑った。ギンの頭上すぐの所に吊り下げられた、高所作業パレットの上にいたらしい。
「どのようなご用件でしたかな?」
「その、これを買い取ってもらおうかと」
「それは、それは。今降りて行きますので、そこを少し動いてくださるかな」
老人の顔が引っ込む。ギンが慌てて店の奥に移動すると、パレットが降下を始める。
巻き上げモートルの唸り声が反響する、がらんと高い天井を見上げた彼は、その真ん中を走る鉄骨の梁に、巨大な
「気になりますかな、あれが」
いつの間にか彼のそばに立っていた老店主が、一緒に天井を見上げる。
「いえ、随分大きな天井扇だなって」
「あれはプロペラなのですよ、飛行艇用のね。一応は、売り物でしてな」
「飛行艇の、プロペラ」
ギンは目を丸くした。大きいはずだ。しかし、そんなものを買う人がいるのだろうか。
「それも、ただの飛行艇ではありませんぞ」
老店主は声を潜めた。
「『13便』の名前はご存知でしょうな」
南方往還第13便、通称「13便」は、世界最大の都市である
「二十年以上前のことですね、俺はまだ子供でしたが。しかし、まさかこのプロペラが」
「13便」のだって言うんじゃないでしょうね、とギンは疑わし気な目を老店主に向けた。
「そう、『13便』のプロペラです」
しかし店主は涼しい顔で言い切った。
「しかし、あの機体は全くの行方不明で」
「実はこのプロペラだけが、発見されていたのですよ。ウォターク砂沼の南端辺りでね。だとすれば、13便はあの広大な砂沼のどこかに沈んでいる可能性が高い。これもご存知かな……あの便には、大量の
もっともらしい顔で老店主は語ったが、もしそんなものが見つかっていたのなら、大ニュースになっているはずではないか。
「それは、わしだけが知る特殊なルートで入手したものですからな。世間一般ではこいつの存在は知られておりません。長年極秘にしてきたものですが……残念ながら、いくら手を尽くして探しても機体の破片すら見つかりませんでな。わしもこんな歳ですから、もう宝探しにも疲れました。ならば、もし一つ13便を探してみようか、という方がおられたらこいつをお譲りしようと、この店内に飾ることにした次第です」
老店主の眼は、あくまで本気のようだった。
「このプロペラだけが、全てを知っておるのですよ。いかがですかな? もちろん、詳しい調査図をお付けしますのでな」
その気迫に、思わずギンは売値を訊ねた。店主が口にした価格は、くろがね三輪の新車よりは高く、上級フェートンの中古車より安い、そんなところだった。
意外に安かったが、うだつの上がらないギャンブラーである彼の収入では手が届かなかったし、そもそもこんなものを買ってみてもどうしようもない。まさか、宝探しを始めるわけにもいかないだろう。
結局、古ぼけた
「こいつに興味を示してくれたのは、あんただけです。良ければ、またおいでください」
去り際に、老店主はそう言って微笑んだ。
いかにも、胡散臭い話である。何人もの客にあの店主は同じ話を聴かせて、13便のプロペラと称するガラクタをいくつも売りつけていた――まあ、落ちはそんなところだろう。
しかし彼の頭の中からは、砂沼の底に沈む飛行艇の姿が、どうしても消えなかった。渦を巻く流動性の砂、その暗い底でお宝を抱いたまま発見を待ち続ける、消えた13便。
ギンがウォターク砂沼へと旅立ったのは、七年後のことだった。13便の幻影をどうしても振り払うことができなかった彼は、
砂沼の近くに探索拠点として建てられた小屋の前には、あのプロペラが屹立していた。それはまるで、彼の挑戦を象徴するモニュメントのようだった。
(了)
[次回予告]
運河に向かってずらりと並んだネオンの下で、人々が暮らす「ネオン下」の集落。母と二人でそこに暮らすチエを襲った不幸を救ったのも、そのネオンの輝きだった。
次回メトロポリタン・ストーリーズ、「ネオン下のハッピー・エンド」
――メトロポリスで、またお逢いしましょう。
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