第183話 決着は

「よろしくお願いしますね、ギルフォード君」


「あぁ、よろしく」


「悪いね、うちの先輩たちが荒らしまわってしまって」


 予想外の反応……。

 意外と常識的な奴だな。


 確かに荒らしまわりさえされなければ、戦う必要もなかった訳だが……。


「――いいよ、今更。今は三対三だ。お前達を正々堂々追い返す……それだけだ」


「はは、言ってくれますね。――でも僕は楽しみですよ、君と戦うの」


 そう言ってリヒトは軽く手首を振り、ストレッチを始める。

 ググっと身体を伸ばし、身体を温める。


 ふぅっと深く息を吐き、リヒトは俺を見据える。


「いないんですよ、あんまり」


「?」


「僕と同等に戦える同学年って。君の噂が本当なら、面白い戦いができそうです」


「随分と自信満々だな」


「事実ですから。嘘は嫌いです」


「……そうかよ。俺も楽しみだぜ、ある人からお前の噂は聞いてるからな」


「ある人……?」


 リヒトは小首をかしげる。


 騎士団長エレディン・ブラッド。

 あの男が言っていたことが本当なら、きっとリヒトの力は本物だろう。


 ……とはいえ、全力の俺に勝てるほどの魔術師とは到底思えない。


 だが、あの後ろのアマルフィスの二人の反応からして、アマルフィスの中でもかなりの実力者なのは間違いない。


 本来なら何年後かもわからない三校戦までは戦うことが出来ないはずだった相手だ。


 全力を出すわけにはいかないが……どんな魔術を使うのか、見せて貰うぜ。


「僕の話をする人なんて限られていますけど……」


「まあいいじゃねえか、細かいことは」


「……そうですね。僕も本気で戦えるんじゃないかって少し期待してますよ。お願いですから、すぐに倒れないでくださいね」


 そう言ってリヒトは構える。


「物騒なこと言うなあ……一応善処するよ」


『それでは大将戦――アマルフィス一年!! リヒト・ターナー!! 対するロンドールは新人戦優勝者! 一年、ギルフォード・エウラ!!』


「「「うおおおおお!!」」」


 観客から大歓声が上がる。


「ロンドールの勝利はお前に掛かってるぞ!!」

「ぶちのめしてやれ!!」

「アマルフィスも頑張れよー!!」


『大将戦、開始!!』


 その声とほぼ同時に、リヒトが勢いよく俺に突進してくる。


 近接タイプの魔術師……!

 肉弾戦の中に魔術を織り交ぜて一気に態勢を崩すタイプか。


 見た目に反してかなり好戦的な魔術師だな。


「ふっ!」


 リヒトの繰り出したパンチが、俺の顔面に迫る。


 殴りと蹴りの応酬。

 手数からして、かなり肉弾戦の訓練を積んでいる……アマルフィスはみんなこうなのか?


 俺はそれらの攻撃を掻い潜り、カウンターの右ストレートを放つ。

 リヒトはそれを手で受けると、そのまま俺の肘を掴み、身体を引き倒そうとする。


 ――とその時、足元に魔力反応を感じる。


「!」


 リヒトの踏み込んだ足の下に魔法陣が現れ、魔力が集中する。


 瞬間、背後からも魔力反応。


 ――魔術か!


 俺の背後から現れたのは、三本の棘。


「ッ!」


 棘は俺の頭、首、腰目掛けて勢いよく伸びてくる。


 確実に俺を仕留めるための魔術……容赦ねえな!


 俺は咄嗟に身体を捻り、"ブレイク"で二本の棘を破壊すると、腰目掛けて伸びた残りの一本をサイドステップで躱す。


 伸びきったところで最後の一本も破壊し、軽く距離を取る。


「! 大抵この一撃で終わるんですけど……」


「はは、見かけによらず小賢しい特異魔術使うなお前」


 ターナー……何か聞いたことある名前だと思ったら、こいつも原初の血脈か。


 確かこの特異魔術は"棘の領域"……。

 しかも魔力のコントロールが難しい足元で発動とは、なかなか高レベルの魔術師みたいだな。


 少し牽制してみるか。


「――"ファイアボール"」


 俺の右手に発動した魔法陣から、火球が放たれる。

 リヒトの上半身を包み込めそうなほどの大きさを誇った火球は、熱気を発しながら真っすぐにリヒトへと飛ぶ。


 その大きさに、リヒトの目が軽く見開かれる。


「汎用魔術でその威力ですか……!」


 渋い顔をしたリヒトが右手を前に掲げる。

 魔法陣が出現し、一気に魔力が流れる。

 

「――"棘の盾"!」


 瞬間、急速に伸びた棘がぐるぐると渦を巻くように集まり、巨大な盾を作り出す。


 俺のファイアボールはその盾に衝突すると、激しい熱を発生させながら、棘を燃やし始める。


 リヒトはすぐさま魔術を解除し、燃えた棘は灰となり地面に落ちる。


 汎用性が高い……攻守に長けた特異魔術だな。


 こりゃエレディン・ブラッドが強いというのも頷ける。

 剣一本の騎士団長からすればかなり厄介な相手のはずだ。


 リヒトは興奮気味に目を見開く。


「はは……凄いですよ、ギルフォード君。予想以上です……!」


「そりゃどうも」


「でも……まだまだ僕は本気じゃないですよ?」


「そうかよ」


 リヒトは両手に一気に魔力を集める。


「久しぶりに、本気を出せそうです……!」

 

 この魔力量は……場を支配する気か。

 ここからがこいつの本気……!


「行きますよ……"棘の王――」


「そこまでだ!」


「「!?」」


 かなり大きな声が、会場に響く。


 シーンと静まり返る会場。


 その静寂の仲を、カシャカシャと金属音を鳴らし、二人の男が現れる。 


「騎士……」


 そこに現れたのは二人の騎士だった。

 観客をかき分けるように俺達の方へと進み、リングの前に立つ。


 騎士は俺たち二人を、そしてその周りの上級生やアマルフィス達を見てふぅっと大きくため息をつく。


「……他校を交えての出し物があるなんて私たちは聞いていないんだが?」


「血気盛んなのはいいが、今日は祭りだぞ、もう少しおしとやかに出来ないものかね? ロンドールの品位を下げる真似をするな、学校長が泣くぞ」


 司会の上級生が慌てた様子で言葉を挟む。


「いや、これは模擬試合でしてね、決して野蛮なものでは――」


「この様子からそうは思えんが?」


 毅然とした態度で、騎士がそう言い切る。


 この場面を見りゃ、言い逃れできないな……。


 すると、さすがにまずいと思ったのか、アマルフィスたちが慌てだす。


「ちっ、さすがに逃げるぞリヒト! 一旦出直しだ!」


「――え……でも、僕は彼と――」


「騎士に喧嘩を売るのはまだ早えんだよ! くそ、さっさと終わらせる予定だったのに……今日は帰るぞ!」


 リヒトは他の二人に連れられ、勢いよく引っ張られる。


「あ、おい、リヒト!」


 2人に引っ張られながら、リヒトは俺の方を見る。


「三校戦! 楽しみにしてますよ!」


「は!? いや俺は――」


 リヒトはニヤリと笑みを浮かべると、俺の言葉を聞き終わることなく人ごみへと消えて行った。


 こうして、不完全燃焼のままリヒトとの戦いは終わりを告げた。

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