第171話 始まり

 学校長の挨拶と共に、シーンと学校が静まり返る。


 今か今かと、抑え込んだ隙間から滲み出るように、学校全体に高揚感が漂っているのが感じられる。


 学校長はゆっくりと噛みしめるように言葉を紡ぐ。


「今年も無事この季節がやってきた。我らロンドール魔術学校の生徒たちによる、ロンドール魔術学校祭。今や、その名を知らぬ人はこの国にはおらんじゃろう」


 拡声魔術で響き渡る学校長の声は、学校外にいる非魔術師の一般客にも聞こえているはずだ。


「今日は魔術と、非魔術がもっとも近づく日じゃ。お互いがお互いに歩み寄り、歴史を繰り返さんと、お互いを改めて理解するいい機会じゃ」


 歴史を繰り返す……暗黒時代のことを言っているのだろう。

 誰だったか、確か学校祭の始まりはそんな暗黒時代を経て深まった魔術師と非魔術師の溝を埋めるためという名目で始まったとも言われていたと言っていたっけ。


 学校長は言葉を続ける。


 生徒は皆耳を傾けているが、その手はせわしなく準備に動いている。

 レンやドロシーたちも、魔道人形の最終調整に入っている。


 その様子に、学校長は微笑む。


「――ほっほっほ、長話は不要じゃな。あまり祭りの日に年老いた魔術師がでしゃばるものでもないのう。みな待ちわびておる」


 マーリン学校長は蓄えた髭を撫でながら目を細め、片手をあげる。


「それでは、これよりロンドール魔術学校祭を始める!! 実りある善き一日となることを願っておるぞ!!」


 瞬間、マーリン学校長の身体が弾け、色とりどりの閃光が宙を交錯する。


 パンパン! っと炸裂音がなり、そしてラッパの音が響く。


 と、同時に、一斉に正門に寄ってくる人影が。

 ざわざわとした喧噪がどんどん大きくなる。


 その様子にレンが声を張り上げる。


「おいおいおい、とうとう来るぞギル!」


「始まったか……学校祭!」


「まずは私達だね……乗り切ろう!!」


 俺たちはお互いの顔を見合わせ、大きく頷く。


「私も頑張って手伝うよ!」


 ユフィは袖を捲り、力こぶをつくると、それをポンと叩く。


「サンキュー、ユフィ」


 どれくらいの人が押し寄せるか正直分からない。

 かなりの人数が来るだろうことは予想できるが……。


「レン、ベル」


 俺の声に二人が振り返る。


「ぶっ続けで魔力を使い続けるとあっという間に魔力が欠乏しかねない。そこら辺のコントロールも意識していかないと乗り切れねえぞ」


「はっ、わかってるよ! アングイスから分けて貰った魔力回復の霊薬があるっつっても、限りがあるからよ~。慎重に調節しねえとな」


「そうだね……ドロシー達にバトンタッチするまで何とか持たせないと……!」


「――よし。じゃあ軽くこの後の流れ確認するか」


 俺達三人とユフィは小さくまとまり、打ち合わせを始める。


 もう客はすぐそこまで来ている。

 始まれば、ノンストップだ。


 最終確認をする俺たちを尻目に、ドロシー達も動き出す。


「じゃあ私達は見回りと自由行動してくるわ。がんばってねベルもユフィちゃんも、後残りの二人も」


「気を付けてね!」


 ベルとドロシーはお互い手を振る。


「いきましょ、ミサキ、ロキ」


「行こう行こう! 楽しみだなあ~!」


「……ふん」


「またつまらなそうにして……楽しむわよ!!」


 ドロシーとミサキは強引にロキを引っ張ると、向かってくる人ごみとは反対に突き進んでいき、すぐ見えなくなった。


「――さ、どんどん来るぞ。午前乗り切るぞ!」


「「「おー!」」」


◇ ◇ ◇



「お母さん、見てみて!!」


 少女は手に魔法陣を描き、その腕を元気よく縦に振る。


 そこから放たれた小さなサンダーが、俺の操る魔道人形に触れる。


 バチッ! っと音を立て、光が炸裂する。


「あらまあ、本当に魔術才能があったのね」


 少女は楽しそうに大はしゃぎして、お母さんの元に駆け寄っていくと、笑顔で抱き着く。


「私魔術師になるー!!」


「なれたらいいわねえ」


 そう言いながら母親はよしよしと娘の頭を撫でる。


「――ありがとうございます、体験させてもらって」


 お母さんは俺の方を向くと軽くお辞儀をする。


「いえいえ、立派な才能を持ってますよ、その子」


「そうなのかしら……でも魔術師ってちょっと怖いから……」


「別に戦うだけが全てじゃないですからね、魔術師も。他にも戦闘以外にいろいろ出し物はあるので是非回ってみてください」


 どの口が言うんだ。

 と自分でも思いながらそう言葉にする。


 ついこの間まで魔術=戦闘だと凝り固まりドロシーに指摘されていた人間だとは思えないな。


「そうですか……ありがとうございます。――リコ、次のところいきましょ」


「うん!! ありがとうお兄ちゃん!!」


 そう言って少女は楽しそうに俺に手をふり、離れていく。


「ふう……では次の方」


 学校祭が始まってからだいたい一時間近くはたっただろうか。


 大行列が出来ている、という訳では決してないのだが、魔術を体験したいという人は途切れることはなかった。


 魔力切れを心配してはいたが、このペースならベルもレンも大丈夫だろう。


 後ろで待機しているユフィも、時折魔道人形をチェックしながら目を光らせている。


 まあ、たまにはこういうのも悪くないと、あらためて思う。

 さっきの子も、まるで昔のユフィみたいで、なんだか懐かしい気持ちになる。


 親子と入れ替わるように俺の前に来たのは、少し暗い顔をした青年だった。


 右手首に、独特な模様を掘っている。


「またか……」


「え?」


 ユフィが俺の小声のつぶやきを拾い、首をかしげる。


「いや、悪いなんでもない」


 はやりなのだろうか。

 俺は今日のこの一時間だけで既に似たような模様を身体に掘った人間を三人は見ていた。


 みな一様に魔術の才能はなく、魔道具での疑似体験となっていた。


 つまり、完全な非魔術師。

 あの模様は非魔術師の間ではやっている何かのシンボルなのだろうか。


 その目の前の青年も例にもれなく魔術の才はなく、魔道具を手に取って、力なくふる。


 魔道具から飛び出したサンダーが魔道人形にあたり、弾ける。


「――どうです、魔術は?」


「……はあ……まあ」


「?」


 青年はどこか虚ろにそう呟く。

 魔道具を台に戻し、まるで義務を終えたと言わんばかりに機械的に踵を返す。


 特に何かの感想を残すでもなく、そうして青年は去っていった。


「何だよ一体……」


 前の模様の三人もそうだった。

 この人ほど言葉少なくはなかったが、魔術に関する興味は殆どないといってもよかった。


 誰かの連れとして無理やり引っ張ってこられたのだろうか。

 まあお祭りだ、そういう人も多いのだろう。


「ギル、次の人来てるよ!」


「! お、おう!」


 ユフィの言葉で一気にハッと意識を現実に戻され、俺は再び対応に戻る。


 ま、今はそんな少数の事を考えてる場合じゃねえな。


 俺は再び気合を入れなおす。


「次の方どうぞ!」

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