第147話 好きだけど嫌い
俺の下で不機嫌そうにリオンさんが顔を背ける。
「あっ……すいません……!」
俺は慌ててリオンさんの上から飛びのく。
リオンさんはムスッとした表情でゆっくりと起き上がると身体の埃や土塊を払う。そして解けた髪を縛り直し、一息つく。
「――ふう、なるほどね。把握したわ。……正直お手上げ」
リオンさんは落ち着きを取り戻したようで、改めて俺を見てくる。
「随分さっきまでと違ってしおらしいっすね」
「実力が分からない私じゃないわよ。姉妹の仲を裂いたのは許せないけど……ちょっと頭が冷えたわ。それにしても、ホムラちゃんのお気に入りかあ……もう手垢がついちゃってるのね」
「手垢って……別に俺は誰のものでもないんですけど……。特にあのホムラさんのものという事だけは確実にないです」
想像しただけで怖い。
ホムラさんを楽しませる為だけに一生従うとか生き恥過ぎる……。
「そうなの? というか――」
リオンさんは両方の手首を痛そうにすりすりと摩る。
「女の子に手を出すとか男の子としてどうなのかな? 痛かったなあ……」
「はあ!?」
なんだこの人急に……!
俺が悪者みたいじゃないか!
「姉妹水入らずの場に乱入して女の子に手を上げるってどうなのかしらね」
「いや、でも今のは……ベルがなんつーか……」
な、なんか俺が悪い感じなのか……?
何だこの感じ!! 急に被害者面してるんだが!?
すると、ちょっと噴き出すようにリオンさんがふふふっと笑う。
「冗談よ、意外と可愛い反応するのね~。――……ふーん、新人戦優勝……。しかもリオル君を倒してか……ベルちゃんに勝つくらいじゃあ普通だと思ってたけど、リオル君にも勝ってるんだもんねえ……」
まだこいつは……。
「ベルも十分強かったですよ。お姉さんと同じくらいには」
「いいのよ、わざわざ無理に立てようとしないで。姉妹の私が一番よーくわかってるんだから」
俺はその発言に思わずカチンと来てしまう。
「ベルはあなたが思ってるほど弱くないですよ。心も――魔術も」
「…………」
嫌な沈黙が流れる。
だが、これだけは伝えなければならない。
それだけは確かだった。
ベルは、弱くない。姉の言いなりだなんて、絶対にない。
すると、リオンさんが口を開く。
「詳しく知りもしないで生意気ね…………でも私も気に入っちゃった、ギル君のこと」
「は、はあ……?」
リオンさんは落ちているタオルを持つと、それで顔を拭い、俺の方に放り投げる。
フワッといい香りが漂う。
あの、使っていいってことですか?
「ホムラちゃんの気持ちがわかったよ。それにベルちゃんもね。ベルちゃんの態度や雰囲気が変わっていたのは君のせいか……ふーん、そっか。男がきっかけかあ」
「ちょ、お姉ちゃん……! その言い方は……!」
ベルの戸惑いもお構いなしに、リオンさんはベルに近づくと、顔を覗き込む。
「良かったねベルちゃん、近くにこんないい人がいて。私を追ってロンドールに来たけど、少しは成長できそうじゃない」
「……初めからそのつもりだもの」
ベルは複雑な表情で姉を見る。
恐怖とはまた違う、懐疑的というかなんとも言い方表情を。
「もう~そんな顔しないのー! 私を好きなのはわかるけど、ベルちゃんは魔術はがんばらなくても本当はいいんだから。それにギル君!」
「――なんすか」
「ベルちゃんにこだわるより、私の方がいいことできるかもよ~。乗り換える気ない?」
「なっ……!」
「あはは、それじゃあね、二人とも。朝ご飯でまた会いましょ」
そう言ってリオンさんはトレーニングルームから出ていく。
試合には勝ったのに負けた気がするのはなんでなのだろうか……。
ベルは少し苦笑いしながら俺の方に寄ってくる。
「あはは……またごめんね、お姉ちゃんが。あとその……――ありがと」
ベルは少し恥ずかしそうに髪を直しながら呟く。
「いやそれはいいんだけどよ……。迷惑じゃなかったか?」
ベル姉の言い分は理解できないが、確かに姉妹水入らずに俺が口を挟んだのは事実だ。
ベルがどう思っているか……。
すると、ベルは頭を振る。
「ううん……助かった……かも。あれ以上はさすがにね……悔しいけどね」
そう言ってベルは切なそうに笑う。
「それにしても、ベルの姉ちゃんはまったく訳が分かんねえな。ベルのことが好きなのか、嫌いなのか……」
「多分両方だよ。好きだけど嫌い。両立してるんだよ。……私にとっても、そんな感じだし。――でもどうだろう。私からしたらそう感じるだけで、お姉ちゃんは本当に純粋に私を好きなだけなのかもしれない……もう私にはわかんないや」
「…………」
近すぎてわからなくなってるのか……。
俺から見りゃあ、異常以外のなにものでもなかったけどなあ。
だけどあれが歪んだ愛だとしても、俺には否定は出来ない。
そう言う形もあるのかもしれないと、納得してしまう。
それは単純に良い悪いの話ではなく、俺が人間に興味のない人外と長く暮らして居るからこその感覚なのかもしれないけど。
「ベルは姉ちゃんが嫌いなのか?」
「……嫌い……だけど嫌いになり切れないっていうか。お姉ちゃんの言ってることは否定したいんだけど、的を射てるというか……。結局お姉ちゃんを超えるためにロンドールに入学したけど、言ってる通り私はお姉ちゃんを追ってロンドールに行っただけなのかもしれないし……」
そう言いながらベルは下を向く。
「おいおい、そんな気にするなよ。全部ベルの意思だろ? 言われっぱなしはよくないぜ」
「難しいんだよ……」
「まあ、確かにあの姉ちゃんは難しそうだな……。妄信的っていうか……常に自分が正しいって感じだし」
「そうそう」
ベルがやっと笑顔を見せる。
それを見て、俺もほっとする。
良かった。
俺はググっと身体を伸ばす。
「――っでも、久しぶりにぶつかれてよかったんじゃねえか? わかんねえけどよ」
「そうだね、帰ってきてよかったかも。自分のこと再認識できたよ。――ありがとね、私を家に連れて帰ってくれて」
「いやいや、俺の方こそありがとよ。エレナの墓見れたしさ」
「ふふふ、じゃあお互い様だね」
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