第95話 死んだ吸血鬼
部屋の中は殺風景で、小さなテーブルに椅子が2つ。
テーブルの上にはランプが乗っていた。
背負ってきた荷物をベッドの脇に下ろし、俺はクロに言われるまま椅子に座る。
吸血鬼が死んだ‥‥‥。
にわかには信じがたい事態だ。
もしかすると‥‥‥。
既にクロが俺に血を求めていた時点でわかっていたことだが、これは、俺が思っていた以上にやばい事態になっているのかもしれない。
「さて、何から話したものか‥‥‥」
クロは腕を組み、うーんと考える。
「ギルは吸血鬼の知り合いは私しかいなかったよな?」
「あぁ、そりゃな。吸血鬼なんて伝説上の生物がそう何人も目の前に現れてたまるかよ」
吸血鬼は千年前から既に伝説上の生物と言われていた。
何故なら吸血鬼と接触したという具体的な話が何1つとして出てこないからだ。
吸血鬼狩り――今で言う異形狩りの部隊は、何度か吸血鬼と接触したことがあるようだったが、一般人にそんな情報が流れる訳がない。そんなことがあればそれこそパニックになる。
運悪く吸血鬼の正体を見たものは殺され、跡形もなく消される。
俺みたいに友好関係を築けば(他に居るかは不明だが)、逆にその存在を隠し通すことになる。
語り手がいないのならば、それは存在しないのと同義だ。
「そうだな。吸血鬼の総数は決して多くない、実際に吸血鬼と分かった上で実物と接触したことがある人間はほぼいないと言っていいだろう。ギルが私以外のルートで吸血鬼と知り合うなんてまず無理だな。基本的に私達は人間に微塵も興味がない」
クロは軽く笑う。
「何度となく聞いたなそのセリフ。‥‥‥で、それがどうしたんだよ?」
「いやあただの事実確認さ。君の知っている吸血鬼の可能性もあったからね。それはなかったようだが‥‥‥これから話すのは君が関わったことのない吸血鬼の話だ」
「‥‥‥‥‥‥」
「実はこんな私にも理解のある吸血鬼仲間がいてな。名前はディアナ。君に紹介しておくべきだったよ、こんなことになるならな」
そう言うクロの目は少し遠くを見るようで、どことなく悲し気に見える。
理解のある吸血鬼仲間‥‥‥クロは俺と友好的と言う時点で吸血鬼にとっては異端だ。そう言う意味での理解だろうか。
「‥‥‥そのディアナって吸血鬼の家なのか、ここは」
クロは頷く。
「残念なことにディアナは死んだ。それも何者かの手によって。‥‥‥かれこれ数か月程前だ」
「死‥‥‥本当にそうなのか?」
「どういう意味だ?」
「だって、吸血鬼を殺せる生物なんてこの世にそう居ねえだろ? だったら誰が殺すってんだよ。千年前ならいざ知らず、この時代の魔術師が吸血鬼に致命傷を与えられるとは思えねえよ」
するとクロは軽くため息をつき、頭を掻く。
「そこまでわかってるなら、答えが出てるだろう? 吸血鬼を殺せる生物は今、地上に1つしかない」
「答えが出てるって‥‥‥」
吸血鬼は人間の手では殺せない。
一流の魔術師でも倒すことは出来ても殺すことは出来ない。
ということは‥‥‥吸血鬼と同等の何か。
吸血鬼にトドメをさせる生物‥‥‥。
そんなの‥‥‥いやまさか‥‥‥。
クロの顔を見ると、どうやら俺の想像は正解のようだ。
「‥‥‥まさか、同胞殺しは既に起こってるのか?」
クロは神妙な面持ちでゆっくりと頷く。
「まじかよ‥‥‥」
吸血鬼の同胞殺し。
この家の主であった吸血鬼ディアナは、吸血鬼によって殺された‥‥‥。
つまり最強生物の内戦状態って訳だ。
「何でそんな事態に‥‥‥思想の違いなんかで殺し合うようなことは今までなかっただろ!?」
「‥‥‥今までが何もなさすぎたのかもしれないね」
吸血鬼同士の争いが起ころうなんてただ事じゃない。
今まで静かに暮らしてきた奴らだ。人間にとってどんな影響がでるか‥‥‥。
一体何が起こってるんだ?
「ディアナは吸血鬼には珍しく、人間を観察するのが好きなやつでな。名前と住処をコロコロ変えては人間の社会に溶け込んでその生活を楽しんでいた。私なんかはギルくらいにしか興味がないからあれだが、それでも比較的私に近い感性をもった吸血鬼だったと言える」
だった――。
その言葉が、異様に重く響く。
死ぬはずのない吸血鬼の死‥‥‥クロにとってどれほどのショックなのだろうか。
「そんな彼女が次に選んだのはカリストでの生活だった。人間社会に交じって生活し、たまにある吸血鬼の集会でその体験を楽しそうに語っていた。――そんな彼女がある日突然死んだ。私達吸血鬼はお互いが緩やかに見えない感覚で繋がっている。彼女の死は、ぼんやりとだが全員が感じ取ることが出来たんだ。‥‥‥その後すぐ吸血鬼の集会が開かれたよ」
「そこでカリストへの潜入が決定されたのか」
「そういうことだ。集会での見解は満場一致だった。吸血鬼が死ぬなんて、同じ吸血鬼に殺される以外ありえない。――ディアナは私達の誰かに殺された。私は同胞殺しを見つけ出し、
「仲が良かったから‥‥‥だから自分で追うって決めたのか。敵討ち‥‥‥なのか?」
クロは否定も肯定もしない。
吸血鬼社会の掟。
そこは人間の組織でも同じだろう。仲間殺しはご法度。当然だ。
事の重大さに、俺は大きくため息を付く。
呑気に遊び感覚でくる感じじゃねえじゃねえか‥‥‥。
「‥‥‥以前カリストに行くって言ってた時はそんな大事な感じじゃなかったじゃねえか」
「まだ何も情報がなかったのに、わざわざ君の前でそんな雰囲気を出すわけないだろう? それにこれは吸血鬼の問題だ。そして私自身の問題でもある」
「で、目星は着いてるのか? その同胞殺しをした吸血鬼に」
クロは大きく頷く。
「あぁ。キャスパー‥‥‥奴に間違いない」
「証拠はあんのか?」
「いや、ない。ただ、あの酒場で情報を集めているうちにキャスパーの風貌に酷似した男の目撃情報があったんだ。ディアナが死んだ時期に重なる。奴はここカリストにかなり前から滞在しているんだ」
「そいつも人に紛れて暮らす吸血鬼なのか?」
クロは頭を振る。
「あいつはそんなタイプじゃない。ともすれば奴は少し危ういやつだ。だからこそ、怪しすぎる。あいつが人間社会に交じって生活する訳がない。‥‥‥それにもっと気になる点がある」
「なんだよ」
「――奴の気配がずっとこのカリストにあるということだ。ディアナが死んだ後も‥‥‥今も」
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