五章 同胞殺しの吸血鬼

第93話 港町

 眼前には長い長い坂が下まで一直線に続き、その先には開けた青い海が広がっている。

 船の白い帆が風に揺られ、海をグングン進んでいく。


 吹き抜ける風に、磯の香りを感じる。

 少し冷たい空気が心地よい。ロンドールでは感じられない気持ちよさだ。


 ここは、ロンドールからそれ程遠くない位置にある港町、"カリスト"。

 ロンドールの発展と共に荷や人の往来が増えたことで需要が大きくなり、発展した港町なのだろう。


 町の規模はロンドールの半分程ではあるが、活気はかなりあるようで、そこら中から人の声が聞こえてくる。

 港には貨物船や漁船など、大きな船が次から次へと着港しては入れ替わるように海へ出ていく。


 そんな人の往来の激しいカリストには、宿屋や酒場が数多く立ち並び、漁船や貨物船の乗組員や、港に立ち寄った旅人や旅行者で賑わっている。もちろん、商人達や、町を守る騎士、逆に訳ありのゴロツキたちなんかも利用しているようだ。


 海に開けた玄関口なだけあり、ここに居る人々は実に多種多様だ。

 良くも悪くも開放的な空気が流れている。


 そんなことに思考を巡らせ、坂の上から海を眺めていると、背後から女性の声が聞こえる。


「早かったな、ギル。もう学校は休みなのか?」


 後ろに立つ女性は、長い黒髪をポニーテールにしてまとめ、何やら珍しい衣服を身につけている。清潔感のある白い服に、胸と腰のくびれを強調する為なのか黒いきつめのコルセット。それに緑のロングスカートを履いている。


 見た目は完全に酒場のウェイトレスだ。

 ドキッとする程の美人ではあるが、もう見慣れたその顔に、今更俺の感情は何も動かない。


「おぉクロ、さっきついた――って、なんだその恰好? ウェイトレスのコスプレか?」


「失敬な!」


 そう言ってクロはくるっとその場で一回転する。


「どうだ、似合うだろう?」


 ちょっと嬉しそうにクロはニヤニヤと口角を上げる。


「どうだって‥‥‥まあ似合うけど、俺が聞いてるのはなんでそんな恰好してんだってことだよ」


「はぁ‥‥‥」


 クロは頭に手をやり、やれやれと肩を竦める。


「そういうところだぞ、ギル。そういう時はな、「可愛いな!」とか「綺麗だよ‥‥‥!」とかいうものだぞ、まったく。女心がわかってないなあ」


「何が女心だよ、まったく‥‥‥。‥‥‥で、何やってるんだよ結局」


「ま、見ての通りウェイトレスさ。この坂を下った先にある酒場でお酒を運んで愛想を振りまいてるってわけ。看板娘ってやつだな」


 クロは自信満々に胸を張る。

 まあ見た目だけなら看板娘でも行けそうだが‥‥‥。


「なんでまたそんなことを‥‥‥。金がなくなったのか?」


「お金ならそこまで困っていない。というか、私は金なんて要らないからな」


「じゃあなんでまたそんなウェイトレスなんか‥‥‥趣味か?」


「あはは、違う違う。ちょっとした調べものがあってね。酒場は財布の紐だけじゃなく、口の紐も緩くなる場所だからねえ。いろいろと都合がいいんだ」


 そう言いながら、クロは俺に歩き始めるよう促す。

 俺たちは坂をゆっくりと下りながら話を続ける。


「都合?」


「あぁ。情報っていうのは酒場に集まるものなのさ、いつの時代もね。そうだろ?」


「まあそれはわかるけど‥‥‥。と言うかそもそもなんでカリストに? つーか俺はなんで呼ばれたんだ?」


「まったく、質問が多いなギルは」


「そりゃ気になるだろうが! 休みに入って早々にカリストに来てくれってシンプルな手紙が来たら慌ててくるだろうが!」


 そう、なぜ俺がカリストに居るのかと言うと、実はクロ直々の召喚だったのだ。


 新人戦が終わってしばらく経ち、ロンドール魔術学校は一か月にも及ぶ長期の休暇に入った。

 ホムラさん曰く、これもまた必要な休暇だという。


 その休暇を利用し、皆んな地元へと帰っていった。

 皆、里帰りには丁度いいタイミングだと楽しそうに話していた。


 ドロシーやベル、ミサキなんかは3人で旅行に行こうとか楽しそうに話してもいたな‥‥‥。


 一方の俺はと言うと、休みに入ってからも特に何をするか思いつくこともなく、何となく寮でダラダラと過ごしていた。


 ホムラさんも里帰りするようで、出発前にだらけた俺を憐れみのこもった目で見ると、「ほら、だから決めておきなって言ったのに‥‥‥」と言い残して行った。


 そして殆ど誰も居なくなった寮でいよいよ俺も何かしないとやばいな、と感じ始めていた矢先、その手紙は届いた。


 送り元はカリスト。送り主はクローディア・エウラと書かれていた。

 その手紙は非常に簡潔で、ただ一言「カリストに来てくれ」とあった。


 寂しがり屋という訳でもない吸血鬼クロが自分から来てくれとは珍しい。

 会いたきゃ自分から来る。それがクロだ。


 俺は何となく嫌な予感がして急いで準備をし、その日のうちにロンドールを発った。


 ――というかまあ、暇だったというのもあるんだけど。というかそれがデカいが‥‥‥。


 そして今に至るという訳だった。


「なんだ、心配してくれたのか? 可愛い奴だな~ギル」


 そう言ってクロはツンツンと頬を突く。

 俺はペシっとその手を払う。


「で、実際何の用だったんだよ? 暇だったから来てみたけど‥‥‥お前は冗談で来てくれなんて言う奴じゃねえだろ?」


「私のことを良く理解してるなあ」


「――結構前に、吸血鬼仲間の尻ぬぐいでカリストでどうたらって言ってたよな? それとなんか関係あんのか?」


「‥‥‥さすがはギル、付き合いが長いといろいろと察してくれて助かるよ」


 クロは真剣な目で俺を見る。

 すると、少し辺りを警戒するように視線を泳がせ、クイクイっと俺を顔の近くに引き寄せる。


「ここじゃ詳しくは言えないが‥‥‥‥‥‥君から少し血を貰うことになるかもしれない」

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