第85話 ベルベット

「"光鎖"――!」


 魔法陣が現れ、鎖の擦れあう音が響く。

 神々しく輝く光の鎖が、ベルを包み込むように発現する。


 その光景は美しく、見る者を魅了する。


 ベルの周りをユラユラと揺蕩うように浮かぶそれは、まさしく本物の"光鎖"‥‥‥!


 エレナの鎖魔術は型というパッケージでそれぞれを別の魔術に落とし込んでいたが、試験の時の様子を見る限り、ベルの"光鎖"はこれ1つで自在な操作を可能にしているようだ。


「相手にとって不足はないな‥‥‥!」


 ベルの動きで注意するべきは1つ。


 エレナの鎖魔術で言うところの"三の型"は鎖を一時的に不可視にすることが可能だったはず。

 それをベルも使えるのだとしたら、それを利用して俺の両手を拘束するのがベストなはず。


 何故なら、ベルの勝機はそれのみだからだ。

 鎖という物理的な物を生成して戦うタイプという時点で、俺との相性は最悪。

 触れればアウトという時点でベルの行動は大分制限される。


 まず俺に気付かせずに拘束し、破壊を生む両手を使えなくするのは必須。

 俺が鎖を不可視にすることを知らないと思っているなら、付け入る隙はそこだと考えるのが自然。


 確実にそれを軸に攻撃を展開してくるはず。


 ――だが残念ながら俺は知っているだから、あえてそこを叩く!


 ミサキの"エアーロック"での拘束は所詮一時的に動きを止めることが出来る程度の強度しかなかったが、ベルの鎖は拘束こそが本領。俺の特異魔術での破壊以外で抜け出すのは少し骨がいる。


 破壊領域を"展開"して拡大することで拘束を抜けることができるが、遠距離に完全に特化している鎖魔術だと後手に回る可能性が高い。あまりそれに頼るのは良くない。


 つまり、ベルが俺の裏をかいて俺の両手を封じるのが先か、それとも俺がベルの鎖を掻い潜り射程距離("展開"の距離)まで詰められるのが先か。


 そこに勝負が掛かっているといっても過言ではないだろう。


 そこで俺がとるべき策は3つ!


 汎用魔術で牽制して鎖のリソースを削減!

 探知を強めにして不可視にされた拘束用の鎖を特定!

 接近後の行動を悟らせないように弾幕を張る!

 

 だが、不測の事態はいくらでも起こり得る。相手はエレナの子孫、ベルベット・ロアだ。

 千年越しの子孫に喧嘩を売ってるみたいで癪だが、あの頃の分までここで勝たせてもらうぜ!


 そうと決まれば先手必勝!


「こっちから行かせてもらうぜ、ベル!」


 俺はベルに向けて一気に駆け出す。

 動き出す俺に、観客が歓声を上げる。


「――ッ!」


 ベルは鎖を複数の塊に分解すると、それぞれを器用に操作して俺を迎え撃つ。


 まずは牽制‥‥‥!

 

「"ブリザード"!」


 魔法陣が現れ、俺を軸に扇形にパキパキと冷気が広がり、氷山のように膨れ上がった氷がベルに襲い掛かる。


「汎用魔術‥‥‥! それがあったね‥‥‥相変わらず出鱈目な威力!」


 ベルは素早く俺から距離を取る。

 広がる氷の波がそれに追随する。


 ベルは鎖を操作すると、自分の周囲を覆い高速で回転させる。

 氷は高速回転する鎖に当たり砕け、その部分だけ進行を止める。その様は、まるでベルを境に氷の大地が左右に割れているようだ。 


 だが、ベルが守りにリソースを割いている間に、俺はどんどんベルへの距離を詰める。


「このまま詰めさせてもらうぜ!」


 ――刹那、背後と足元に魔力を感じる。


 来たか‥‥‥!

 防御に全て鎖を使っているように見せたのはやはりブラフ!

 狙ってやがったな‥‥‥! 


 俺の目には光鎖の光は一切見えない。

 こりゃ確かに上手いな‥‥‥食らってみて初めて分かる。


 あらかじめ光鎖でずっと出し続けているから、消えたときの落差が半端ないんだ。

 普通の魔術師ならベルの周りでこれでもかと光る鎖に目が行って、この隠された鎖に気付かないだろう。


 ジャラッ!! っと俺を拘束しに飛び出す見えない鎖の音が後方と足元から聞こえる。


 俺は瞬間的に背後に手を伸ばし、探知で探り当てた鎖を強引に掴む。


「えッ!? 嘘‥‥‥なんで見えてるの!?」


 ベルの驚愕する声が聞こえる。


 一方で、足元に伸びていた方の鎖は俺の右足へと絡みつき、凍る地面へと固定する。

 だがそっちは関係ない。


 俺は両手で掴んだ見えざる鎖を離さないようがっしりと掴みなおし、特異魔術を発動する。

 

 見えないは手の中でバラバラに破壊される。

 その欠片が、砂の様に手から零れ落ちていくのを感じる。


 自由になった手で右足を拘束している鎖に触れ、それも破壊する。


 よし――更に距離を詰める!


「くっ、しかたない――!! ‥‥‥はあああああ!!」


 ベルは防御に回していた鎖を半分ほど消費し、俺の拘束に乗り出す。


 複数に分裂した光鎖は四方から俺の手首や脚、身体などを全てを拘束すると、地面へと完全に固定する。


 さすがの魔術の発動の速さだ‥‥‥何本か破壊したが手数が多すぎる!


「よし‥‥‥そこで大人しくしてて――よッ!」


 ベルは俺に向けて手をかざすと、先端に鋭利な装飾を施したような鎖を、俺の方へ向けて放つ。


 これは‥‥‥エレナの"一の型"! 


 あの貫通力は侮れない‥‥‥食らうのは得策じゃないな。だがこの拘束を一個ずつぶち壊してたらきりがねえ‥‥‥!


 仕方ない、少し早いがやるか‥‥‥。


「"展開"」


 瞬間、俺の破壊領域が拡大し、俺を拘束していた鎖は全て消滅していく。

 俺へ射出された鎖の槍も俺の領域に触れるそばから粉々に砕けていく。


 よし、所詮は苦肉の策だったか――――と油断した刹那、眼前に微かな魔力反応。


 まさか、不可視の――!!


「ぐおっ!」


 俺は"展開"の硬直が解けるとすぐさま顔の前で、飛翔する何かをギリギリのところでキャッチする。


 そのまま特異魔術を発動させると、手の中のそれは見えない無数の欠片に分解されて、下へと零れ落ちていく。


「‥‥‥っぶねえ、油断しすぎた! 二重だったのか‥‥‥!」


「んんん~駄目か! さすがの探知能力‥‥‥!」


 見える"鎖の槍"を囮に、本命は見えない第二の槍での不可視の攻撃……!


 そう、ベルはあえて見える"鎖の槍"を放ち油断させ、その後ろから今度は"見えない鎖の槍"を時間差で放っていたのだ。


 見える槍は展開で消滅するのは織り込み済み、その消滅後のわずかな隙を狙った二段攻撃‥‥‥!

 やっぱ策は考えてきてたか‥‥‥!


 それでも、避けられるのは想定の内だったのかすぐさまベルは"光鎖"を発動し、再度守りに専念する構えに移行する。


 ――いや、想定はしてはいたが、あくまでというだけだろう。

 それでも限りなく想定外に近い状況に対するこの精神と体制の立て直しの速さ‥‥‥戦闘ではやっぱりエレナを彷彿とさせる肝の据わりかたしてやがる。


「さすが、素早い立て直しだな」


「完全に後手に回らせておいて良く言うね‥‥‥!」


 とは言え、焦りがゼロという訳でもない。

 ベルの額に汗が流れているのがここからでも見える。


 残り30m――ここからは一手のミスが命取りの距離だ。


 ベルは防御用に鎖を自分の周りに残しつつ、分離した鎖で攻撃や拘束を仕掛けてくる。

 見える鎖と見えない鎖を織り交ぜて上手く攻撃してくるが、既にタネを知っている俺に同じ手が2度効くはずもない。


「おらぁ!」


 俺はもう一度"ブリザード"を発動し、攻撃に向けていた鎖を全てベルの周りに戻す。


 さて、そろそろ一気に詰めさせてもらうぜ‥‥‥!


 次の瞬間、俺は"ブリザード"で大量に生成された地面の氷を破壊し、複数の氷塊として空中に吹き飛ばす。

 俺はその大量の氷塊の陰に姿をくらませる。


「!! 地面の氷はこのための布石‥‥‥!! 見失った‥‥‥!!」


 慌てて辺りを見渡すベル。


 だが、魔術を発動していない俺の魔力を探知することはほぼ不可能!


 さあ、もう最終局面だぜベル‥‥‥!

 このままだと、エレナに遠く及ばず終わっちまうぜ?

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