第82話 完敗だよ

 試合前のあの乗り気じゃない観客たちの反応からすれば、俺の活躍は相当驚いたことだろう。


 観客席からの歓声は、ミサキと俺が控室に戻るまでの間なり続いた。少しはダークホースとしての役割を果たせたか?


「お疲れ様、二人とも。ミサキちゃんは残念だったね」


 控室に戻ると、ベルがそう俺たちに声を掛ける。


「おう、ありがと」


「いやいや、完敗だよ‥‥‥。でもすっきりしたから大丈夫」


「そ、それなら良かった‥‥‥。でも、ギル君はやっぱりすごいよ! 私は初めて会ったときから絶対凄いって思ってたよ! ドロシーはそうじゃなかったみたいだけど‥‥‥」


「あはは、あの時はドロシーに大分嫌われてたからなあ、初対面が最悪すぎた」


 今は懐かしい、あの路地裏での出来事。 

 今ではだいぶ丸くなったよなあ、ドロシーは。


「そうみたいだね‥‥‥。さっきまでちょっとギル君には不穏な噂が流れてたみたいだけど、この試合でそんなもの吹き飛ばしちゃったんじゃない?」


 不穏な噂。

 弱みを握って勝ったとか、お金で勝利を得たとかそう言われてたやつか。


 確かに俺の時だけ昨日から歓声しょぼかったからな。


 それでも、あの試合後の観客たちの顔を見れば、それが払拭されたのは疑いようもない。


「ユンフェにあっさり勝っちまったばっかりにな。負けたのにユンフェはやたら好意的だし……。八百長と思われるのは心外だったけど、ユンフェとの戦いを見た後じゃ半信半疑になっても仕方ねえよ。俺自身はあんまり気にしてなかったけどな」


「強いなあ、ギル君は」


「そんなんじゃねえよ。正直さっきのミサキとの試合をみて色々目を付けられる方が今後結構めんどくさいんだけどな。‥‥‥まあユンフェの名誉のためにも誤解が解けたようでなによりだよ」


「ふふふ。これでギル君も私と同じ緊張感を味わうことになるね‥‥‥」


 ベルの顔がいつもの天使なホワホワした感じからいたずらっ子の様な怪しい顔に変わる。


「こ、怖いぞベル‥‥‥」


 するとミサキがベルに言う。


「ベルちゃん次だよね? ベルちゃんならいけるよ! 私の分までウルラの女子組代表として頑張ってね‥‥‥!」


「え、あ――その、うん、ありがとう‥‥‥! 頑張ってくるよ」


 ミサキの応援の圧に、ベルも少したじたじになる。

 さっそくミサキに変化が現れたようでなによりだ。


「じゃあそろそろ私試合だから‥‥‥。また後でね」


 試合に対してはネガティブなことは言わねえんだもんなあ。

 勝つ気満々か。


「あ、私も応援席に戻ろう。じゃあね、ギル君」


 そう言って二人は控室を後にした。


 とりあずこれで俺のこの大会に掛ける一番の目的は終わった。

 長かったような短かったような。


 後残された試合はこの後の準決勝‥‥‥そしてそれに勝てば決勝か。


 当初は全然勝つつもり何てなかったんだけどなあ。

 あれだけ大っぴらに特異魔術を見せてしまった以上、中途半端にこれから負けるなんてのは許されねえよなあ。


 ユンフェにもミサキにも悪いし。


 ――それに、レンとの約束もある。あいつの仇としてリオルの野郎を倒すまでは負けられん。つまり、決勝まで負けられねえ。


 ちらっとリオルの方を見ると、集中力を高めていたリオルと目が合う。

 さっきの試合を見ていたのか、リオルはニヤッと口角を上げる。


 リオルも俺と戦いたくてうずうずしてるって訳か。


 でも先のことなんて考えてる余裕があるのか、リオル――その前にお前はうちのロキと戦うんだぜ?

 

 残るベスト4の枠はたったの3つだ。


◇ ◇ ◇


 そして、2日目の2試合目が始まった。


 アングイス所属のリリエール・エンジェルとうちのベルベット・ロアの試合。


 ――この試合は、意外にもちょっとした長期戦へともつれ込んだ。


 それは実力が拮抗しているという訳ではなく、単にリリエールの魔術の特性によるものだった。


 ベルの攻撃の手数が圧倒的な中、リリエールは確実に体力も魔力も消費していっていた。

 それでもなお戦いが長引いた理由。――それはリリエールが回復魔術師だったからだ。


 ベルは圧倒的な手数とトリッキーな攻撃で翻弄する完璧攻撃型の魔術師だが、リリエールは完全に回復特化の魔術師だ。


 打撲や切り傷程度ならリリエールは簡単に回復してしまうのだ。

 しかも、回復魔術師の欠点である接近戦での戦いでも、なかなか身体の捌き方が上手く(恐らくユンフェに習ったのだろう)、ベルも決め手に欠けていた。


 回復魔術を使うリリエールが1試合目を勝てたのは、恐らく相性によるものが大きいのだろう。

 本来は戦いがそこまで向いているとは思えない、完全なサポートタイプだ。


 攻撃手段は平均レベルの汎用魔術か杖術。ベルに効くことはない。


 ただ、回復魔術師は替えが効かない程数少ない存在なのは事実。

 たとえ勝つことが出来なくてもその宣伝効果はすさまじいだろう。


 ユンフェに勝つことを賭けていたのは、自分が勝てるとは思っていなかったからなのかもしれない。

 それならあの試合後の態度も納得がいく。


 そうこうしているうちに試合が動いた。

 いくら回復が得意でベルの攻撃を何度も耐え抜けるとしても、限界はある。


 結局はベルの攻撃に対応しきれず、徐々に追い詰められていき最後は回復する間も与えられずに降参するに至った。終わってみれば、結局ベルの圧勝と言う形で幕を閉じた。


 恐らく時間が掛かった原因は、回復魔術師だったからという理由の他にも、ベルが魔力の消費を節約したのも大きいだろう。


 この後ベルは俺と戦うことになるのだから、大量の魔力を残しておく必要がある。


 回復魔術師とわかっているなら、それほど大規模な魔術は必要ないと踏んで時間が掛かってもじっくりと倒す作戦にしたのだろう。


 やっぱりベルは戦闘となると冷静すぎるぜ‥‥‥試合前が別人のようだ。



 そして次の試合、我らがロキとリオルによる注目カード。

 今大会で観客が見たかったものに一番近いのがこの闘いだろう。


 先に言ってしまうとこの戦いは開始数分で勝負が決まった。


 達人同士の戦いは、最初の動きで決まるのだ。 

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