第80話 孤独な城
ミサキのアイギスは、普通の術師なら突破するのも一苦労だろう。
これだけの防御魔術が使えたなんて‥‥‥。
これが常日頃発動していたのなら、攻撃に転じる間もなく例の姉たちにいびられたことだろう。
とうことは‥‥‥やっぱりミサキはもうある程度俺を本気で戦うべき相手と見ていると思って間違いないかもしれない。
ミサキは少し額に汗を垂らし、真剣な顔でバリア越しにこちらを見据える。
1枚1枚破壊してもいいが‥‥‥目的はそんなことじゃない。
防御特化という一見違和感のない特性に隠れた、ミサキの押し込めた心を開かせるのが目的だ。
望み通り、一気に全部ぶっ壊す。
「――ミサキ。俺はよう、別にお前が特別好きって訳じゃないぜ」
「‥‥‥はっ?」
一瞬変な空気が流れる。
ミサキの顔が微妙に歪む。
「‥‥‥な、何よ急に。勝手にフラれたみたくしないでくれない」
「バカ、ちげえよ! そう言う意味じゃなくてだな、えーっとなんというか、俺のスタンスの話だよ。‥‥‥俺はどうも昔からの性格とでもいうのかな、放っておけないだけなんだよ」
「同情で首突っ込みたくなっちゃうって? ‥‥‥心配しなくても、私は自分を殺して、この私だけの城に籠って、空気の様に場のバランスを乱さない存在でこれからも居続けるだけだよ。ギル君が気にすることじゃない」
ミサキの顔は微笑んでいるが、まだ仮面の笑顔だ。
「違うだろ? 本当は変わりたいって思ってるんだろ。だからお前は周りの変化を許せない‥‥‥羨ましいんだろ、皆気軽に変化していけるのが」
「知った風なことを言うね、ギル君。いつからそんな――」
「前言ってたはずだぜ、『全力を受け止めてくれるような人がいるなら別』だってな。それくらい俺が受け止め切ってやるよ」
ミサキがぎゅっと口を真一文字に結ぶ。
「‥‥‥そういうの、大言壮語っていうんだよ。そういうのは、私のこの魔術を突破してから言ってくれないかな‥‥‥! 対岸からのただの言葉なんて私には響かないよ!!」
「だから――それを今からぶっ壊してやるよ!!」
俺は右手を思い切り振りかぶると、拳をミサキの"アイギス"に叩きつける。
触れた瞬間、俺の拳とミサキの"アイギス"の間に魔法陣が浮かび上がる。
俺の拳から放たれた"破壊の波動"とも呼ぶべきそれは、波紋の様にミサキのバリアを伝わり、次々とひび割れていく。
「うそっ‥‥‥ひびがっ‥‥‥!」
――そして、激しく甲高い崩壊の音を告げ、その孤独な城は呆気なく粉々に砕け散った。
舞い散るバリアのカケラが空気中に霧散し、サーッと溶けていく。
その光景はまるで雪が降るようで、幻想的ですらあった。
その中で佇むミサキは、唖然とした表情で俺を見つめる。
「私の城が‥‥‥‥‥‥!」
「宣言通りぶっ壊したぜ‥‥‥ミサキ!! ほら、お前の認識は変化したぞ。もう今までのお前じゃ俺を止めることは出来ねえ‥‥‥!」
俺は勢いよく駆け出すと、ミサキの眼前に迫る。
このままこの右手を振り下ろし、ミサキの身体に触れれば強制的に試合終了だ。
しかし、ミサキは俯いたまま動こうとしない。
これでもまだ‥‥‥‥‥‥仕方ねえ‥‥‥!
「終わりだ‥‥‥!」
俺は振りかざしたその手を、ミサキへと伸ばす。
――が、俺の手は空中に固定されたかのように一瞬ピクリとも動かなくなる。
その反動で、俺の身体は前へ進むのを辞めてしまう。
「!?」
「‥‥‥ありがとう、ギル君」
ミサキはまっすぐに俺の顔を見る。
その顔には決意があふれていた。少なくとも俺にはそう見えた。
それにしてもこれは‥‥‥なんだ!?
よく見ると、俺の右手首が空中に完全に固定されていた。
錠のような形をした空気の塊が、俺の腕を空中に繋ぎ止めていた。
「本当に壊してくれるなんて‥‥‥。ねえ、私の全力、受け止めてくれる?」
ミサキが笑う。
「任せておけよ。もう我慢しなくていいんだぜ」
俺は強引に右手を枷から引き剥がす。
うん、強度はそんなに高くはない。
だが、これが攻撃への応用‥‥‥!
バリアだけじゃない、その応用力は尋常じゃねえぞやっぱり‥‥‥!
ミサキはすぐさま後退すると、また手を合わせて構える。
「"エアーロック"――!」
瞬間、俺の脚元から突き上げる様に直方体のバリアが出現する。
バランスを崩した俺に、ミサキがパチンと手を合わせる。
すると、左右からバリアの壁が俺を挟み込む。
俺はそれを強引に手で触れ、粉々に破壊する。
息をつかせぬ攻撃だ。
魔術のテンポが速え。
だが、まだぬるい!
俺は"ファイアボール"を散弾のようにしてミサキに向けて放つ。
これで見えないバリアの位置をあぶり出す!
リュークの時と同じ手でバリアを展開してるはずだ。
案の定、展開されていたバリアに俺の"ファイアボール"が行く手を阻まれる。俺はそれを的確に破壊しながらミサキへの距離を詰める。
すると今度は、俺に近づかれるやいなや、ミサキが空中を歩き始める。
これにはさすがの観客も驚きを隠せず、歓声が上がる。
「おいおい、やべえな‥‥‥足場も自由自在って訳か」
「ここからが本番だからね、ギル君。私の守りを破壊したからって何もかも勝った気でいないでよね」
「わかってるよ。だがなあ、俺の魔術にかかれば関係ねえ!!」
すると、不意にミサキの魔術で俺の四肢全てが拘束される。
一瞬にして身動きが取れなくなる。
「同じ手は食わねえぞ」
さっき同様、拘束自体はそれほど強固なものではなく、身体を捩じり力を入れれば比較的簡単に破壊出来た。
しかし、その隙にミサキが追い打ちをかける。
俺に落ちる巨大な影に気付き見上げると、俺の上空に4メートル四方はありそうな立方体が出現していた。
その密度は、尋常じゃない‥‥‥!
「まさか!」
「いけっ‥‥‥!」
それが、案の定真下の俺へと落とされる。
シンプルだが殺意の高い攻撃‥‥‥!
「殺す気かっ!」
俺はそれも触れることで難なく破壊する。
粉々になった結晶が空気中に散る。
「くっ!」
それからもミサキの猛攻が続く。
俺はあえてすべての攻撃を受け続けた。避けれるものも正面から受け止めた。ミサキにすべてを出し切らせるために。
しかし、俺にはそのどの攻撃も通用しなかった。
何故なら――すべて破壊してしまうから。
さすがのミサキも、空中に逃げて俺からの直接攻撃を避けているとはいえ、焦りの色が見えはじめる。
「こんなもんか、ミサキ?」
「はぁ、はぁ、こんなもんじゃないわよ‥‥‥!」
焦りながらもミサキの顔は微笑んでいた。
その顔は、今まで見たミサキの張り付いたような作り物の笑顔ではなく心の底から出たような。
そんな可愛い笑顔だった。
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