第76話 相性抜群

「"レイ"!」


 二本の指を立て、さっきより高威力の光線がミサキを襲う。

 ミサキは両手の親指と人差し指を直角に立て、四角形を作るように前に出す。

 すると、一瞬魔法陣が現れ、眼前に直方体のバリアが現れる。


 そのバリアに"レイ"は綺麗に弾かれ、逆にリュークに牙を剥く。


 流石に反射になれたリュークはそれをさっと横に避ける。

 後方に流れた"レイ"が、音を立てて壁に穴をあける。


 こうなってはリュークに攻撃の手段はない。

 繰り返す"レイ"での攻撃でも、ミサキの防御は崩せない。

 それでも、リュークは"レイ"を繰り出し続ける。

 最低限の魔力消費で済むようにしているのか、レベル2から上の威力での"レイ"を出そうとしない。


 何発もの光線が飛び交い、異様な反響音を奏でる。


 観客もこの予想だにしない状況に困惑し、固唾を飲んで見守る。


「"ファイアボール"!」


 ミサキの汎用魔術がレイを襲う。

 しかし、あっさりとリュークの氷魔術で凍らされ、全く攻撃にならない。


 同じだ、俺の時と。

 やはりミサキには攻撃にあのバリアを作れる魔術を使う気がない‥‥‥!


 その様子にリュークも察したのか、動きを止め、険しい顔で問い詰める。


「貴様‥‥‥舐めているのか? そんな攻撃で俺様を倒せるとでも?」


「そんなつもりはないよ‥‥‥。私の攻撃はこれが限界‥‥‥今はね」


「そうか‥‥‥もう俺様のことは眼中にないと言いたいのか」


「! そんな意味で言ったつもりは――」


 リュークはミサキを睨みつけ、わなわなと震えだす。


「俺には‥‥‥許せないことが2つある。‥‥‥1つは髪の毛が綺麗にセットできないこと」


 訳わからん‥‥‥ミサキもどう反応していいかよくわからず苦い顔をして話に耳を傾ける。


「――そしてもう1つは‥‥‥俺様のことを軽く見られることだ!! 舐められる‥‥‥それだけは我慢ならん!」


 リュークは4本の指を立て、手のひらをミサキの方へ向ける。

 その目の前には巨大な魔法陣が出現する。


「"クレセントムーン"――!!」


 8本の"レイ"が一斉に放たれる。

 しかも、さっきまでの直線的なものと違い、曲線を描くように一度大きく外へ膨らむ。


 その三日月のような軌跡は、ミサキのスクウェアのバリアを迂回し直接ミサキへと牙を剥く。


「‥‥‥ミサキ!!」


 激しい衝撃音に流石のドロシーも、攻撃が決まったと固唾を呑む。観客もその攻撃の行く末を見守る。

 あの一瞬で防御魔術を発動している隙なんてなかったはず。


 もしあの攻撃をもろに食らったとなると‥‥‥。

 霊薬で硬化した身体すら貫いた術だ、しかも威力はそれより上の可能性もある。

 ‥‥‥ただでは済まないだろう。


 ――が、煙が晴れるとそこには無傷のミサキの姿があった。

 ピンピンした様子でそこに立っている。


 舞い上がった土埃が、ミサキの周囲に浮かぶを露わにする。


 ミサキの周囲浮かぶ無数のバリアの結界――。

 不意打ちを想定していたのか、初めから設置されていたのだろう。


 "クレセントムーン"はそのバリアの層に阻まれ、ミサキに届くことはなかった。


「くくく‥‥‥はは‥‥‥ハハハハハハ!!!」


 リュークは大声で笑いだすと、身体をくの字に曲げる。


「――舐められたもんだなあ‥‥‥! それでもなおか‥‥‥」


 それでもなお‥‥‥つまり、この有利な状況でさえ攻撃に転じないことを言っているのだろう。 


 本来はこの隙を利用して攻撃するべきなのだが、今のミサキにその意思はない。

 だからこそ、その甘さにリュークは自分を舐めていると感じているんだ。


「これ以上は俺様のプライドが許さん‥‥‥!」


 リュークが魔力を一気に解放する。


 リュークの後方に、魔法陣が5つ現れる。

 それぞれから、かなりの量の魔力反応‥‥‥!


 リュークはタクトを振るように、右手をゆっくりとミサキへと向ける。


 その魔法陣から、5本の光線が一斉に放たれる。

 ミサキは咄嗟にバリアを複数展開する。


 ――しかし、リュークの手の動きに合わせるように"レイ"は軌道を変え、バリアを回避する。

 糸を縫うように、バリアの隙間を潜り抜ける。


「!!」


 リュークは開いていた手のひらをグッと握る。

 "レイ"はミサキの眼前で一つに収束すると、一本の高威力の"レイ"となり、ミサキへ牙を剥く。


 その"レイ"の威力にミサキのスクウェア型のバリアは粉々に砕け散り、ミサキの前にあるバリアを次々と破壊していく。収束した光の矢は威力が段違いだ。


 ‥‥‥しかし、バリアを突き破るごとに徐々に威力は下がっていき、5枚のバリアを破壊し、ミサキの直前に設置されていた最後のバリアに触れたところで、"レイ"はその光を失いスゥーッと消えていく。


 多重の結界がなければ確実にミサキへとその牙が届いていた。


 ミサキの額に汗が流れる。


「はっ、攻撃にはでないわりに、一丁前に焦りはするのだな。――下らん。実に下らん!!」


 リュークの怒りは膨れ上がる一方のようだ。

 舐められていると誤解しているのだ、当然かもしれない。


 確かに、ミサキの戦闘スタイルはそう思われても仕方のないものがある。


「はぁ‥‥‥やめだ」


 リュークは呆れるように肩を竦める。

 しかし、その行動とは裏腹にリュークの足元には巨大な魔法陣が現れる。


「何をする気だあいつ」


「あの短気め‥‥‥っ!」


 察しがついているのか、ホムラさんは焦ったように声を発する。


「いちいちバリアを破壊などしていたらきりがない‥‥‥!! 貴様の挑発に乗り続けるのももう俺様のプライドが許さん! この一撃で、貴様を焼き殺す‥‥‥もう後のことなど知らん‥‥‥ッ!!」


「だからそんなつもりないって!」


「戯けが!」


 リュークはもうミサキの声などほとんど耳に届いていないようだ。

 完全に怒りが頂点に達している。


「ホムラさん何か知ってるんですか?」


「あの術はねえ‥‥‥無差別爆撃みたいなもんだから‥‥‥下手したら観客まで巻き込むかも。‥‥‥リューク君の奴はもう頭に血が上ってそこまで考えられてないみたいだけど。それに今ミサキちゃんに使ったとしても結果は‥‥‥」


「‥‥‥」


 こりゃちょっと自分の身体を守る準備しとかねえとな。


 ミサキはその状況に戸惑いながらも薄っすらと笑う。


「‥‥‥怖いなあ」


「この小娘がぁ!! 後悔しても遅い。‥‥‥"アブソーブライト"‥‥‥!」


 瞬間、リュークの体が黒くなったかと思うと周囲の光が一気にリュークに吸収されていく。

 リュークの体が内側から光出す。


「下郎が。高貴なる我が魔術によって浄化されるがいい‥‥‥!」


 リュークの身体が、光り輝く。

 その光は、まるで爆発する直前のように、リュークの身体から滲み出る。


「――――"リベレーションオブライト"!!」


 刹那、体内に吸収した光が一気に解放され、様々な軌道をした複数の光線が四方八方に無差別に攻撃する。

 その光線全てが、"レイ"と同等以上の力を秘めている‥‥‥!


 ため込んだ光を放つ、光の奔流‥‥‥!


 馬鹿野郎‥‥‥本当に観客まで巻き込むつもりか!?


「ミサキ!!」


 しかし、俺の心配をよそに、その攻撃を想定していたのか、ミサキはその解放が発動する直前にすでに構えを終えていた。


「"エアーロック"!」


 瞬間、リュークを覆い隠す様にドーム状のバリアが3層生成される。

 発動の瞬間、リュークが後悔したような顔をしたときには、もう遅かった。


 四方に散ったはずの"レイ"はその全てがバリアの中で乱反射する。

 

 ミサキのバリアに反射した光の雨は、地面までも展開されたバリアの中で繰り返し反射し、発射元であるリュークへと帰っていく。必死に"レイ"で抵抗するが、全てをさばき切れるわけがなく、徐々に身体を削っていく。


 それでも反射により弱まりながら繰り返し打ち付けられる"レイ"は徐々にバリアを破壊し、しばらくの後、最後の層をも破壊する。そして、弱まりながらもバリアを突破した数発の"レイ"がミサキの足元に突き刺さる。


 しかし、それ以上ミサキへ攻撃が届くことはなかった。


「だから言ったでしょ‥‥‥相性が悪いって」


 ミサキの言う通り、相性が悪すぎたとしか言いようがない‥‥‥。


 それに加えてリュークのあの短気すぎる性格‥‥‥攻略する方法は他にも幾らでもあったはずなんだ。

 それでも、リュークはあの術を選んでしまった。

 自滅と言っても差し支えないだろう。


 自分の魔術への過信と、自分が絶対的に優位であるという傲慢な態度がこの事態を引き寄せてしまった。


 "レイ"を全身に受けた瀕死のリュークが、ボロボロになり地面に伏していた。

 その様子をみて、これ以上リュークが戦いを続けられるとは到底思えなかった。


 またしても、想像だにしなかった強者の敗北に、今年は去年とは何かが違う。

 そんな空気が会場に流れだしていた。

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