第69話 雷鳴轟く

 そこからの戦いは、両者一歩も引かない戦いだった。


 ロキの電撃は、ダイスの壁に阻まれ直接攻撃がなかなか決まらない。

 それでもたまに届く電撃はダイスを一瞬硬直させるが、致命傷とまではいかず、ロキが追撃に出るころには地面を操作した城塞で防御の態勢を整えていた。


 "イカヅチ"での攻撃は流石に警戒され、ダイスへと直接当てるのはほぼ不可能だった。


 一方ダイスは、棘状に変形させた地面での攻撃や、下から地面を隆起させロキを突き上げ、空中で身動きが取れないところへの攻撃。あえて落とし穴のように窪みを作りそこへ誘導して上方からの攻撃‥‥‥実に多様な攻撃を仕掛ける。


 しかし、そのたびにロキの俊敏な動きと、電撃による破壊行動により、いまいち決め手に欠けている。


 完全に拮抗した戦い‥‥‥しかし、致命傷を与えられないロキに対して、防御と攻撃が一体となったようなダイスの攻め方は、徐々にロキの体力を削っていた。


 攻撃時に防御できないロキの身体を、あえて自分の身を危険にさらすことで攻撃に転じるダイスの攻撃。

 防御しながらでも何とか攻撃できるダイスの攻撃手段の多彩さが、徐々に差を作っていた。


 ロキにとっての何よりの誤算は、ダイスの肉体の頑強さだろう。

 地面の棘を破壊出来る程の"雷伝"でもダイスを一瞬硬直させるのがやっとというそのタフネス。


 ドロシーが食らおうものなら一発で気絶しそうだ。


「はぁはぁ‥‥‥鬱陶し魔術だ‥‥‥身体も硬すぎるだろ」


「貴様もな‥‥‥雷、当たるたびに痛んだよ」


 もはやフィールドの原型はなく、凸凹になった地面は両者ともに身を隠すのに便利な状態だ。


「ロキ‥‥‥俺はよお、貴様を攻撃し続けることでさっきの"イカヅチ"を振り続けさせた」


「あぁ‥‥‥?」


「その結果‥‥‥ここを見てみろ」


 ダイスが指さす場所、そこには半分だけ割れた壁が。


「お前の魔力は衰え始め‥‥‥その結果破壊力が落ちてきてる。その証拠だ」


「‥‥‥何が言いてえ」


「つまり、そろそろ俺の下準備が完了したということだ」


 そう言ってダイスはニヤッと笑う。

 両手を逆さまに合わせ、捩じるように回転させると、そのまま地面へ触れる。


「"地殻変動"‥‥‥!!」


 激しい地鳴りが、会場中に鳴り響く。

 地震のように揺れ、フィールドがその姿を変える。


 さっきまでより、明らかに広範囲に影響を与える魔術‥‥‥! 

 その魔力消費はバカにならないはず‥‥‥最後の攻撃に出たか!?


 縦3メートル程、横幅が5メートル程はあろう壁が、ダイスとロキを一直線に閉じ込めるように現れる。

 ロキの背後にも、逃げ道を塞ぐように壁がそびえる。

 さながら、行き止まりに追い込まれたような状態だ。


「ガッハッハ、逃げ場はもうないぞロキ。貴様の攻撃ではこの厚さは既に破壊できないのは実証済み。このまま押しつぶして終いだ‥‥‥!」


「なるほど、完全に閉じ込めて押し殺そうって訳か」


「ガキでもわかる簡単な装置だろう? 今のお前に躱せるか?」


 するとロキは今日初めて、笑みを浮かべる。


「‥‥‥何が可笑しい」


「くっくっく、いやあ、悪いな。つい面白くなっちまった」


「なんだと‥‥‥状況がわかってんのか?」


「わかってるさ。‥‥‥まさか自ら自分の棺桶を作ってくれるとはなあ。――感謝してるぜ」


「何をわけのわからんことを! 血迷ったか!」


 しかしロキは、相変わらず楽しそうに笑う。


「この技はよぉ、仕込みに時間も掛かれば、避けられる可能性も高い欠陥魔術でな。‥‥‥しかも大振りすぎて良く動くてめえには当てられなくて困ってたんだが‥‥‥こんないいレールを敷いてくれるとは、感謝してもしたりねえ」


 ダイスは鼻で笑う。


「ハッ! 追い詰められてなおその意気や良し! ――だが、貴様はこれで終わりだ!!」

 

 ダイスは思い切り地面に手を触れる。


「"万力"! ――片方バージョン! 後方の壁と"万力"に押しつぶされろおおおお!!」 


 ダイスは自分で作り出したロキへと続くレール上に、巨大な壁を作り出す。

 地面に触れている手からどんどん魔力を流し込むことで、壁は凄い勢いでロキへと迫る。

 ドドドドドっと激しい地鳴りを響かせ、ロキを押しつぶさんと、ダイスの作ったレールをひた走る。


「この一撃で貴様は砕け散る!! 電撃を打とうが、この壁は壊せまい!!」


「あいつ‥‥‥なんて魔力してやがる‥‥‥! あんなドでけえ魔術使った後にまだ魔術が使えるのか!?」


「正真正銘最後の力‥‥‥! これを乗り切った方の勝ちだ!」


 さあロキ‥‥‥どう切り抜けるんだ!?


 ロキはじっとその"万力"を見据える。


「ガッハッハ! 成す術なしか!? もう貴様の死の時間は近づいてるぞ!?」


「わざわざご説明ご苦労だったな、ダイス! 貴様の下準備は全部無駄だったと分からせてやる」


 ロキはゆっくりと右腕を伸ばし、左手で右腕の肘を掴む。

 ピンと右手の指先を伸ばし、狙いを定めるように指を2本立てる。

 

「脳筋やろう‥‥‥電流の本当の恐ろしさを知ってるか?」


「あぁ!? 知るわけないだろ!」


「――だと思ったぜ」


 すると、激しい電流が、ロキの身体に流れだすのが分かる。

 自分の中に、電流を流しているんだ‥‥‥!


 あんなの、普通の人間じゃ耐えられねえ‥‥‥雷魔術を使うことで出来た耐性か。

 ロキの顔が、苦痛に歪む。


「この一撃でてめえを粉砕する‥‥‥!」


「ほざけ、俺がナンバーワンだ!!」


 ロキはゆっくりと口を開く。


「――――‥‥‥"雷豪"」


 刹那、青白い波動が指先から弾き飛ばされ、ロキを囲っていたはずの壁をレールのように利用し、雷のように一気にダイスまで突き抜ける。余りの発光に、みな目を背ける。


 ロキを囲っていたはずの壁や、迫って来ていた壁が、次々に吹き飛んでいく。

 

 遅れて、雷が落ちたかのような身体の芯を震わすような雷鳴。


 ――ほんの一瞬の出来事だった。

 "雷豪"の速さは、音を置き去りにした。


 ダイスは何が起こったのか分からない様子で自分の身体を見る。


「‥‥‥‥‥‥」


 そして口から煙を吐き、次はロキの方を見ると、力なくその場にうつ伏せに倒れこむ。

 "雷豪"が完璧に直撃したダイスは完全に気絶しており、白目を剥いて口から血を流していた。


 "雷豪"は胸の辺りを貫いたようで、完全に肋骨を粉砕しているようだ。

 黒く焼け焦げた肉体が露わになっている。


「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥ぐっ!」


 技を放ったロキも、両手が焼けただれ、だらんと下に垂らしている。

 もう自力では上げられないようだ。


 何つう強力な魔術だよ‥‥‥捨て身過ぎるだろ‥‥‥!

 なんでロキの腕が丸焦げに‥‥‥。


 それでもロキは気力で声を出す。


「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥俺の‥‥‥勝ちだ‥‥‥ダイス‥‥‥!」

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