第70話 大歓声

 審判がダイスの元に駆け寄り、大慌てで救護班を呼ぶ。


 救護班はタンカーにダイスを乗せると、慌てて会場を後にする。

 治癒魔法を優先して使うのか。それだけダメージがあるということか‥‥‥死んでなきゃいいが。


「試合終了~~~! 互角と思われた両者の戦いを制したのは、ウルラ所属、ロキ・ポートマン!!」


 ウワー!! っと歓声が上がる。

 悲鳴に近いそれは、この闘いがそれだけ手に汗握る物だったのを物語っていた。


 俺はロキに向けてVサインを送る。


 しかし、確かに目が合ったはずだが、ロキはプイと顔を背け、会場を後にする。


「やーね、手くらい振ればいいのに」


 ドロシーが頬杖を突きながらポロリとそう零す。


「ま、それがロキのいいところだろ。手でも振り返されたら気持ち悪い‥‥‥」


「あー‥‥‥まあそれは言えてる」


「それにしても、まさかロキまで勝ち上がるとはな‥‥‥この大会、マジでウルラ大躍進って感じだな」


「そうね。ただ問題は次でしょ」


 そう、いよいよこの1年の中で最強との呼び声高いグリム・リオルのお出ましだ。

 対するは、我らがレン・アウシュタット。


 傍から見りゃグリムに負ける要素はないが‥‥‥レンのあの自信あふれる感じ‥‥‥万が一ってことも十分あり得ると俺は思っている。


 すると、この新人戦までレンの練習に付き合っていた4年のアレックスさんが俺たちの所へやってくる。

 これまた屈強な角刈りタイプの男‥‥‥よく見ると、今戦っていたダイスに結構似てるかもしれない。


 アレックスさんは辺りを見渡す。


「アレックスさん、どうしたんですか?」


 ミサキが声を掛ける。


「あぁ。レンの奴はどうした?」


「レンなら次の試合だからもう控室行きましたよ」


 アレックスさんは「そうか」というとその場に腰を下ろす。


「俺もここで見届けさせてもらおうと思ってな。構わないか?」


 俺とドロシーは顔を見合わせる。

 わざわざ前の方に来て見ようとは、弟子思いな先輩だ。


「ええ、構いませよ」


「それにしても‥‥‥今年はウルラなかなかの活躍じゃないか。ギルフォードにベルベット、ロキまでベスト8か」


「いい感じですよね。私も続かないと」


 ドロシーだけが逆シードだったのは本当に残念だが‥‥‥ドロシーならもう1試合勝てるはず! と信じたい。


 アレックスさんはガシっと腕を組み、うんうんと頷く。


「去年の反省もかねたのか――いや、まあそこは気にしないでおこう。この調子なら、ホムラの奴もへそを曲げないで済みそうだな」


「やっぱりアレックスさんもホムラさんが怖かったりするんですか?」


「ちょ、ギル! なに変なこと聞いてるのよ! すいませんこいつバカで!」


 するとアレックスさんは軽く微笑む。


「気にするな。あいつは変わったやつだからな。‥‥‥それが、俺たちにいい影響を与えているのも事実だ。怖いと言われればそんなことはないが、腐ってもクラス長だからな、あいつの望むようにはしてやりたいと思ってるさ」


「大人ですね、アレックスさん」


「ふ、君たちと殆ど歳も変わらないさ」


「そういえば、アレックスさんとレンってなんか対リオルに向けて特訓してましたけど、何してたんですか?」


 アレックスさんは俺の方を向くとニヤッと笑う。


「まあ見ているがいい。これからその答えが分かる。俺はレンにリオルを倒す術を授けたつもりだ。これで少なくとも完敗するという事はないだろう」


「気になりますね‥‥‥」


「まあいいじゃない、もう始まるし楽しみに待ちましょ。私もこの闘いが終われば控室いくわ。景気づけのためにも勝ってよ、レン!」


◇ ◇ ◇


「さあ、早いものでいよいよ第7試合です! そして第7試合にして今大会最注目の魔術師の登場だああ! コルニクス所属、グリム・リオル!!!」


 演習場が壊れるんじゃないかという程の激しい歓声に、俺たちも思わずビクッとする。

 今日一番の歓声。


「うっわ、すごい歓声‥‥‥あいつ大丈夫かしら」


「なあに、こういう逆境こそ力に変えるタイプだろ、レンは。派手好きだからな」


「あはは、言えてる」


 リオルはゆっくりとフィールドの中央にやってくると手を上げ歓声に応える。


 注目度は段違いだな。

 優勝候補4名とはいっても、きっとベルとリオルは頭一つ抜けてるだろう。


 そして、いよいよ俺たちのレンの入場だ。


「対するは、ウルラ所属、レン・アウシュタット! この圧倒的アウェーを乗り越えられるか!!」


 レンはニヤニヤとにやけた面でフィールドへ現れる。

 いつも通り、胡散臭い雰囲気を纏う薄めの男。


 歩くたびに、アピールポイントの三つ編みが揺れる。

 その腰には、あの日地下室へ行く前に見た短剣が括りつけられている。


 二人は、中央で相対する。


 入試の実技試験を見る限り、グリムも近接戦闘タイプだったはず。

 レンとは同業者というわけだ‥‥‥。


 相性しだいで勝てることがあるのが魔術の奥深さではあるが、完全にほぼ同タイプの戦いとなると、その勝敗の意味はまた少し変わってくる。


 ――純粋にどちらが強いか。本当の力比べだ。


「レン! がんばれよー!!」


「負けんじゃないわよ、レン! ド派手にやっちゃいなさい!」


「がんばれ~レン君!」


「が、がんばってレン君! ‥‥‥あとリオルさんも‥‥‥」


 ベルは知り合いだけあって一応リオルも応援しとかないとって訳か。


 ロキはあの焼けただれた腕を治すために治癒室に直行したらしく、ここにはいない。

 きっとロキも応援しているはずだ、多分‥‥‥きっと‥‥‥。いや、興味ないかもやっぱ‥‥‥。


 俺たちの応援に気付き、レンは大きく手を振る。

 嬉しそうなその顔は、いつもの細い目がより一層細く見える。


「‥‥‥いやあ応援はいいね~。君はいつも応援される側だろ~? 羨ましいねえ」


「なんだ、精神攻撃から入るつもりか? 悪いが、俺にそんなものは効かないぞ」


「違う違う、純粋な感想やろ~? あんまり意識しすぎるのも疲れるぞ」


「ふん。既に戦いは始まっているんだ。いくら注意しても不足はない」


 なるほど、一縷の隙もないってわけね。

 さあ頑張れよレン‥‥‥見せてくれよ、ジャイアントキリングを‥‥‥!


「それでは、第7試合――はじめ!!」

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