第65話 やってくれるね
「――えっと‥‥‥」
司会が一瞬戸惑った様子で声を漏らす。
観客も、ユンフェが降参を宣言したことを耳を疑うようにして固唾を飲む。
まぁ、一方的に攻めていたはずのユンフェが急に負けを認めれば、何が起こったのか分からなくても無理はない。
ましてや観客からすれば俺が魔術を使っていたのも良く分からないうちに終わっただろうし‥‥‥。
それでも司会はなんとか声を張り上げる。
「し、試合終了~!! 何が起きたんでしょうか?! 私達もよくわかりません!! わかりませんが、ユンフェ選手、まさかの降参!! 勝者はウルラ所属、ギルフォード・エウラ!!」
パチパチと、疎らに拍手が起こる。
観客たちもいまいち納得が言ってない様子だ。
圧倒的に勝っていればまた違ったのかもしれないが‥‥‥。
とりあえず終わった。まずは1勝。
これで後はミサキがリュークの奴に勝って2回戦に上がってくれれば、俺のこの大会の目的は達成できる。
「そっか‥‥‥」
ユンフェは、ぼーっとしたように俺を見つめている。
「あ、あの‥‥‥」
さすがに動揺してるな‥‥‥。
ユンフェは目が泳ぎ、頬が紅潮している。
自分で降参したとはいえ、現実をいまいち受け入れられてないんだろう。
エリート街道を駆け上がってきたユンフェにとっては初めての敗北かもしれない。
どんな罵声を浴びせられるやら‥‥‥。
「‥‥‥何か?」
するとユンフェは急に俺の手を握る。
「雷に打たれたみたい‥‥‥。私‥‥‥満足しちゃった‥‥‥! 期待通りというか‥‥‥想像以上というか‥‥‥!」
「は、はぁ?」
な、なんだ急に、ついさっき俺に負けたんだよなこいつ!?
「まさか私の知らないところに私を倒せる程強い人が居たなんて‥‥‥! 私は強い人が好き‥‥‥。弱い人は興味ないけど‥‥‥だから、その‥‥‥君のことは‥‥‥好き‥‥‥かも‥‥‥みたいな」
ユンフェはパッと手を放すと視線をそらし、長い髪を指でくるくるといじる。
「す――‥‥‥!?」
おぉぉおぉお!? な、なんだこいつ!?
好き? 好きって言ったか!?
冗談――にしては、ユンフェの表情は何処かとろんとしている。
ガチ‥‥‥っぽいな。
「あ、あのなあ‥‥‥急にそんなことを言われても困るっていうか‥‥‥」
「べ、別に君が意識する必要はないのよ! その、私の一方的なあれだから‥‥‥」
「そう言われてもよぉ‥‥‥」
「あの‥‥‥ぎ、ギルって呼んでいい!?」
ユンフェは上目遣いでそう言う。
そんなキラキラした目で見るな!
「‥‥‥べ、別にいいけど」
ユンフェはやったー! っと嬉しそうに笑う。
戦う前と今とじゃキャラが全くちげえじゃねえか!
よっぽど戦いが強い奴が好きなのか‥‥‥先が思いやられるわ‥‥‥。
会場から外に出る時も、何故か腕を掴もうとして来て、俺は必死でそれを払いのける。
と、入場口付近で、次の試合の生徒らしき女が睨むようにこちらを見ていた。
「ちょっとユンフェ‥‥‥何やってるのよ!」
「リリちゃん‥‥‥。ごめん、負けちゃったわ」
「負けちゃったわって‥‥‥一番強いユンフェが負けるなんて、しかも降参って!!」
ツインテールのその少女は険しい表情でユンフェを問い詰める。
しかし、当のユンフェは負けたと言うのに悔しいとう表情は見えない‥‥‥むしろ少し嬉しそうだ。
「しょうがないじゃない、ぎ、ギルが強かったのよ」
「ギルって‥‥‥何言ってるの!? そいつ、戦闘もずっと防戦一方だったじゃない! 名前も聞いたことないし、ユンフェが負ける要素何てなかったでしょ!?」
「お、落ち着いてよリリちゃん。戦ったらわかるって」
この、ユンフェと同じクラスの女の子との温度差‥‥‥。
ユンフェ自体は最初に言ってたみたいに本当にこの学校に強い魔術師が居るのか、見極めたかっただけなんだな。
その少女はフンと鼻で笑い、訝し気に俺を見る。
「‥‥‥怪しいものね。そもそもユンフェはこの大会に別に真剣に取り組んでいなかったし‥‥‥。その男に何か弱み握られてるとか、勝たせてくれってお願いされたとか、あるいは脅されたんじゃ――」
とその瞬間、ユンフェは凄い形相でナイフを召喚すると、その少女の喉元に突きつける。
「なっ――」
「‥‥‥私を蔑むのはいいけど、ギルのことを悪くいうなら私はあなたを許さないよ?」
「――!」
少女は恐怖の表情でがちがちと震えている。
やばい、これユンフェがちなやつだ。
「お、おいちょっと! これから試合だってやつ脅してどうするんだよ」
「だ、だって知らないくせにギルのこと悪く言うから‥‥‥」
「いいって別に! 俺はそもそも煩わしいのは嫌いだから変に目立ちたくないしよ‥‥‥。それに実際戦ったユンフェが分かってくれていればそれでいいよ俺は」
その言葉を聞くと、ユンフェはパーっと明るい笑顔を浮かべ、すぐさまナイフをしまう。
「そ、そう!? それならいいけど‥‥‥えへ」
少し照れくさそうに身体をよじるユンフェ。
ひょっとして俺はなかなか大変なやつに好かれてしまったんじゃなかろうか‥‥‥。
千年後に目覚めて以来初めて好意を寄せられるのがこの子か‥‥‥いやまあ嬉しいんだけどなんか複雑だな‥‥‥。
リリと言う少女は、腰が抜けたように地面に座り込む。
次の試合大丈夫かこの子‥‥‥上の空であっさり負けないといいけど。
すると、外で次の選手の入場を促すアナウンスが流れる。
「ほら、ごめんねリリちゃん。呼ばれてるよ、行っておいで? がんばってね」
「‥‥‥え、えぇ。ありがとう‥‥‥」
◇ ◇ ◇
ユンフェから熱烈な絡みを何とか抜け出し、俺は生徒用の観戦席へと戻ろうと、一度演習場の外へでる。
ユンフェの熱視線とは対象的に、こいつが‥‥‥? なんで? といった不信感に近い視線をいろんな方向から感じる。まあ、それだけユンフェがここで敗退するのは予想外だったというわけだ。
覚悟はしていたことだ。
それに観客には分かりずらい試合だったのも否定はできない。
次の試合まではこういう視線を感じ続けるんだろうなあ‥‥‥。
演習場の中では次の試合が始まったようで、歓声が上がっている。
とその時、ポンポンと肩を叩かれる。
俺はそれに反応して振り返ると、頬に指が突き刺さる。
この悪戯は‥‥‥。
「ほ、ホムラさん‥‥‥」
「やっほ~!」
ホムラさんはニコニコした顔でツンツンとひたすら俺の頬を突き続ける。
「この、この、この~! やってくれるねえ~! まさかユンフェちゃんを倒すとは!」
「はあ‥‥‥。というか、ホムラさん散々俺を期待してたんじゃないんですか? なんですかその驚きようは」
「それとこれとは別よ。君が力を出して戦ってくれるとは限らなかったしねえ~。ちゃんと魔術を使ってくれたようでびっくりしたよ」
‥‥‥ホムラさんレベルならお見通しという訳か。
やじ馬できたような魔術関係者とはやっぱりレベルが違うな。
「やっぱり、ミサキちゃんとぶつけたのは功を奏したねえ~。これでミサキちゃんも殻を破ってくれるといいんだけど」
「‥‥‥ここまで計算通りで満足ですか?」
「やだな~そう怖い顔しないでよ! ミサキちゃんも殻を破れて、ギル君の真価も見れる。どっちもウルラの為だよ」
どうだか‥‥‥。どうせ自分のためなんだろうなあ、ホムラさんのことだし。
「それにほら、この人も楽しそうに見てたよ」
ホムラさんが指さす先を見ると、これまたニヤニヤした顔でソフトクリームを頬張る見慣れた男。
相変わらず暑そうな長いローブを羽織っている。
その男はピッと片手を上げる。
「――やあ。久しぶりだね」
「サイラス‥‥‥来てたのか」
サイラスは軽く笑う。
「当たり前だろう? 身内の晴れ舞台だ、当然さ」
「誰が身内だ!」
「あはは、まあまあ、積もる話もあるでしょ? 話していきなよ」
「いや、この次の次にベルの試合があるから応援したいんだけど‥‥‥」
「まだ時間があるじゃない。それに、ベルちゃんなら1回戦くらい応援しなくても勝つよ」
ホムラさんの目は、冗談でもなんでもなく、本当にそう信じているようだった。
信頼しきっているように、「勝つよ」ともう一度口にする。
ま、それはそうなんだけど。
「僕も長くはここに居られないからね、少しくらい良いだろう? 久々の再会なわけだし。まったく、仕事が忙しいと本当大変だよ、ははは」
「相変わらずうざいな‥‥‥」
「まあまあ、ギル君もそう言わずに、構ってやってあげてよ」
まあ確かに。サイラスにはアビスとかいろいろ聞いてみたい話も合った。
いい機会かもしれない。
「――わかったよ、少しだけな」
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