第66話 近況報告
俺とサイラスは近くのベンチに腰掛ける。
ホムラさんは私が居ないと締まらないでしょ、と言って生徒の観戦席に戻っていった。
「どうだい、調子は」
「まあ、普通だけど‥‥‥」
「そうか。‥‥‥普通と言えるくらいなら大丈夫だな」
「何か心配でもあったのかよ」
サイラスはソフトクリームのコーンの部分をカリカリと食べる。
「まあ君は半ば強引にこの学校に入れてしまったからね。お気に召してなかったらどうしようかと思ってね」
そんなことを思っていたのか。
一応人の心はあるみてえだな。
「いや、入学するかどうかは俺が自分の意思で決めたわけだし、気にすることじゃねえよ」
「ふ、わかってるさ。――それに、僕がお金を工面しているんだ、君には大いに成長してもらわないとね」
「金かよ! いやまあ、その点は感謝してるけど‥‥‥」
実際、ロンドールの学費はかなり高い。
俺の様な田舎ものが入学するには実力も必要だが、そういう経済的な問題もあるのだ。
「あはは、冗談だよ。別に君にそんな下らないことを言いに来たわけじゃないさ、楽しそうにしてくれていれば満足だよ。君の実力と才能を見てこの学校に誘ったんだからね。――まあ感謝の言葉は素直に受け取っておこう」
「‥‥‥。で、そっちはどうなんだ? 仕事とか言ってたけど」
「僕かい? ‥‥‥異形狩りは秘匿性の高い仕事もあるからね、詳細までは言えないが‥‥‥今はちょっとカリストでいろいろと有ってね。あまりこっちには戻ってこれてないんだ」
「カリスト‥‥‥」
「何か気になることでもあるのかい?」
そういやクロもカリストで何かやってるみたいだったな。
関係してないといいが‥‥‥。
「――いや。とくには」
「‥‥‥ふーん。そう言えば、この間この学校で事件が有ったみたいだね。君も深いところで関わっていたとか」
「そうだ、その話がしたかったんだ。――"アビス"って組織になんか心当たりないか?」
その時、サイラスの眉がピクリと動く。
「‥‥‥"アビス"。その名をどこで?」
「あっと‥‥‥」
やべ、そういえばあの"アビス"の連中の一件は騎士団、特にゾディアックの連中だけの秘密として公にはされていなかったんだ。まずったか‥‥‥これは外で出していい名前じゃなかった。
サイラスは俺の目をじっと見つめた後、はぁっと溜息をつく。
「――まあ想像はできるよ。君も彼らと遭遇したって訳か。大方、マーリン学校長が口でも滑らせたんだろう。騎士が口外する訳ないからな」
「察してくれて何よりだよ」
「"アビス"‥‥‥あの事件は彼らの関与があったのか。‥‥‥ということは図書館の地下に封印されていた禁書か」
「すごいな、知ってたのか」
サイラスは頷く。
「僕もここの卒業生だからね。彼らならいずれこの図書館の地下を嗅ぎ付けると思っていたが‥‥‥大分早かったな」
「知ってたにしては防御が貧弱だったみたいだが?」
「それは知らないよ。学校長にも何か考えがあったんだろう。そもそもあの禁書の存在自体知っている者は少ない。‥‥‥それに、アビスが出来たのはここ数年だからね‥‥‥対応が間に合ってなくても不思議ではないよ」
確かに‥‥‥。
一応結界は貼ってあったしある程度の警戒はしていたんだろう。
外部にも漏れていない禁書の存在をアビスが掴んでいたということは、操られていたキース以外にも内通していた奴がいるのかもしれないな‥‥‥。その辺はゾディアックの連中が追っているんだろうが。
「何か知ってることあるのか? "アビス"について」
「知っているのは本当それくらいなものさ。神出鬼没の盗賊団。魔神信仰の前時代的な懐古主義者達。‥‥‥なんせ私は専門外だからね、あれはゾディアックの連中の管轄だ」
「そうか‥‥‥まあそうだよな」
サイラスは不発か‥‥‥。
異形狩りとゾディアック。部門が違えば知っている情報もそりゃ差があるわな。
エリー・ドルドリスが言っていた彼という存在について何かサイラスなら知っていそうなものだと思ったが、そう簡単にはいかないわな‥‥‥。
「なんだその顔は? 僕が全知全能だとでも? 残念ながら知らないものは知らないさ。――ま、万が一知っていても教えるとは限らないけどね」
それは言えてる。
むしろ俺にペラペラ喋るようじゃこいつの職務態度を疑うぜ。
「だよな‥‥‥」
「ふむ‥‥‥気になるみたいだな、彼らが。悪いことは言わない、そんな連中に関わろうとするのは止めた方が良い」
「別に関わるつもりは――」
「探るのも一緒だよ」
サイラスの目は真剣だ。
じっと俺の目を見つめる。
「専門家に任せるべきさ。"アビス"にはゾディアック、異形には異形狩り。――そして君には青春だ」
「青春って‥‥‥クロみたいなこと言ってやがって」
「あはは、それは光栄だね。――そんな連中なんて君が気にする必要はないさ。大いに新人戦を楽しみたまえよ」
「それもどこかで言われた気がすんな‥‥‥。ま、それもそうなんだけどよ」
俺が出る幕ではないのはわかっているが‥‥‥彼と呼ばれていた者の存在だけが気になる。
これ以上サイラスに聞いたところで、何もわかりはしないのだが。
やっぱり、彼を知るには情報が足りな過ぎるな‥‥‥。
直接接触するしか道はないか。俺のことを気にかけているとうのなら、また向こうから接触してくるかもしれないし。
「――おっともうこんな時間か。僕はそろそろお暇させてもらうよ」
「もう行くのか?」
サイラスはベンチから立ち上がる。
「あぁ。僕も忙しくてね。‥‥‥君のこの数か月の成果を見られてよかったよ。一緒に暮らしていたころは魔術の片鱗も見せてくれなかったからね。僕が援助してでもロンドールを勧めようと思った直感は間違っていなかったようだ」
「そりゃどうも」
「まったく、相変わらずそっけないな。‥‥‥ま、気を付けてな。僕もたまに戻ってきた時は顔を出す様にするよ」
「‥‥‥お好きにどうぞ」
サイラスは優しく微笑む。
「それじゃあ僕はこれで。君なら優勝も無理ではないだろう、いい報告を期待しているよ。ホムラによろしく頼む」
そう言ってサイラスは手を振り、学校を去っていった。
ったく、完全にクロと同格の保護者目線で話しかけてきやがる。
‥‥‥まあ、そう言う経験がほとんどない俺にとっては、反発もあるが、不思議と不快という訳ではなかった。
俺の試合を少しでも見るために戻ってきたのだとしたら、少しはあいつにも可愛いところがあるじゃないか。
とその時、演習場の方で歓声が上がる。
「やべ‥‥‥ベルの試合!」
俺は駆け足で演習場へと戻る。
もう試合始まっちまってるかもしれねえ!
ベルが群を抜いて魔術の実力があるからと言って、油断は禁物だ。
ユンフェのせいであのリリとかって奴が不調になってそうだったからなあ、すぐ終わってベルの番が早く来ていてもおかしくない。
「遅くなった! ベルは‥‥‥?」
レンは呆れたような顔でフィールドを指さす。
すでに試合が始まっていたようで、ベルが魔術を発動していた。
ぐるぐるに拘束された相手生徒が上下逆さまに吊るされ、半泣きで叫んでいる。
「いや‥‥‥ベルちゃん強すぎでしょ、本番で!」
「本当、ベルは試合前の自信の無さが異常なくせに本番始まるとスイッチ切り替わるわよね‥‥‥」
俺の不安は完全に杞憂だったようだ。
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