第34話 ちゃんと教育しておいてよね

 魔術学校に入学してから早二週間――。


 ドロシーとの特訓も順調に進み、他の授業も怖いくらい順調に進んでいた。


 そんなある日の放課後。


「いやーん、もうあと二日で来ちゃうのねえ」


 ホムラさんは両手で頬杖を突きながら軽くため息を付く。


「今年はどうなりますかね」


 ホムラさんの向かいに座る眼鏡の男‥‥‥3年のワイズはコーヒーを飲みながらそう口にする。


「えー二日後になにかあるんスか?」


 レンが、テーブルの上に出されているクッキーを先輩たちの前などお構いなしに物怖じもせず頬張りながら口をはさむ。


「あ、1年は知らないのか。えっとねえ、"三校戦"っていう行事があってね。毎年三つの魔術学校がそれぞれ代表魔術師を出して競う大会があるのよ」


「おー! 面白そうっすね! 俺に任せてくださいよ! あとギル! あいつが居りゃ余裕っすよ」


「俺を巻き込むなよ」


「おばか。代表はもう決まってるのよ。それに、1年は参加権も観戦権もないのよ」


「えーまじっすか‥‥‥」


 レンはしょぼくれてもう一枚クッキーを頬張る。


「毎年1年は学校で留守番だ。2年から4年の中から代表魔術師を選出して団体戦をやるんだ」


「そういうこと。もちろん私は4年連続6回代表魔術師」


 ニカっと笑みを浮かべ、ホムラさんはVサインを作る。


「6回連続‥‥‥? 1年は出られないんじゃないんですか?」


「秋はね。年に二回、秋と春にあるから、一年は春から出場できるのよ」


「はえーさすがっすね。どのクラスからは何名だけとか決まってるんすか?」


「いや、決まっていないよ。最強の魔術学校を掛けた闘いだからね、クラスの垣根無く全部のクラスから選出されるのさ。今年はうちのクラスからはホムラさんにアレックスさん、3年からもミレイとカレンの双子が出るな」


 ホムラさんは知ってるけど、アレックスさんにはまだ会ったことないな。


 双子の方は知っている。

 入寮した日から姿だけは見かけていた。

 

 ショートヘアーとロングヘアーという違い以外は瓜二つの姉妹がいっつも二人でいるところをよく見かける。

 話したことはないけど、魔術も出来る口だったか。


「2年からは誰も出ないんスか?」


「2年からは化物が出るわよ」


「化物?」


 ホムラさんは頷く。


「2年のカース君。別名破壊神。あの子の特異魔術は‥‥‥敵に同情しちゃうわね」


 ホムラさんが化物と呼ぶ男‥‥‥。


 そんな凄い奴が2年にいるのか。


「なんかわかんないっスけどウルラから5人も出るんすねえ。見に行きたかったな‥‥‥」


「ふふふ、来年があるわよ。春も上手いこと行けば出られるかもねえ」


「おー! やったなギル! そこで一緒に出ようぜ!」


「どんだけ乗り気なんだよ‥‥‥」


「とか言っちゃてえ~、ギル君は自分は出られるとか思ってるんじゃないの~? このこの」


 ホムラさんがツンツンと肩を突いてくる。

 これが数々の男を勘違いさせているという噂のボディタッチか。


「‥‥‥いや、そんな甘くないでしょ。第一先輩達が許すわけないでしょ」


「ちぇーつれないなあ。夢を持ちたまえ」


 ホムラさんはむすっとした顔でコーヒーを飲み干す。


 すると、ちょうどシャワーを浴びたドロシーとベルがやってくる。


「あら、ドロシーちゃんとベルちゃん! こっちこっち!」


 ホムラは微妙に嫌がる二人を強引に横に座らせる。


 ドロシーは何巻き込んでくれてるのよ! っと俺に目で訴えてきているが‥‥‥無駄なことだ。

 恐らくこのクラス‥‥‥いや、この学校でホムラさんを止められるのは先生しかいまい。


「えっと‥‥‥何話してたんですか?」


「三校戦の話よ」


「あー、そういえば近かったですね」


「へー、ドロシーは知ってるのか」


「知らないのはあんたくらいでしょ‥‥‥」


 ドロシーは溜息をつきながらホムラさんが差し出すクッキーを齧る。


「このバカ二人は知らなかったのよ‥‥‥。ちゃんと教育しておいてよね、ドロシーちゃん」


「す、すいません‥‥‥」


 なんで私が! という視線が痛いほど突き刺さる。


「ま、さっきも言ってたけど1年生が関係するのは春以降だからねえ。知らないのも無理ないわ」


「割と国中が大騒ぎするレベルの大きいイベントですけどね‥‥‥魔術師限定ですが。私は毎年雑誌でチェックしてましたよ」


「なるほど、だからホムラさんを知ってたのか」


「ホムラさんは別! 魔術界では超有名人でしょうが!」


「そうそう、もっと言ってあげて!! この子は私の偉大さがわかってないのよ」


「いや‥‥‥威厳みたいのが余りなかったもので‥‥‥」


 そう言うと、ホムラさんはニコニコしながらも明らかに不貞腐れた様子だ。


 地雷踏んでしまったかこれは‥‥‥。


「それはどういうことかな‥‥‥?」


「いや、無いと言うか‥‥‥親しみやすい人というか‥‥‥アハハ」


 苦し紛れすぎるっ!


 ――が、チラッと顔を見ると一応まんざらでもないようだ。


「ま、今年の一年も豊作みたいだからねえ。ベルちゃんは言わずもがな、レン君もドロシーちゃんもかなりいい感じだって聞くし‥‥‥楽しみね、来年の春が」


「任せてくださいよ!」


「私も春には必ず‥‥‥!!」


 ホムラさんはドロシーとレンのやる気にウンウンと満足げにうなずく。


「――もちろん、ギル君も‥‥‥ね」


「はあ‥‥‥ま、がんばってみますよ」


「あーまたそんな‥‥‥消極的だともう知らないんだからね!」


 ホムラは残ったクッキーをバリバリと食べきると、勢いよく立ち上がる。


「それじゃ、私はもう寝るわ。ギル君はもう少し勉強するよーに」


 そう言ってホムラさんは自室へと帰っていった。


 それに続くようにワイズさんも部屋へと戻っていく。


「なんだか、ホムラさんもお前のこと認めてるっぽいな」


「ちげえよ、前から知り合いだからいじりやすいだけだろどうせ‥‥‥」


「そうよ、あの人は気まぐれに興味もったりするだけなんだから。調子乗るんじゃないわよ」


「うるせえなあ、なんでお前が知った風なことを‥‥‥」


 確かになんかホムラさんはやたらと俺に粘着してくるんだよなあ。

 単純にサイラスと知り合いだからってわけでもないだろうに‥‥‥。


「はあ‥‥‥。というか、二日後からはしばらく寮は1年だけね」


「!!」


 レンは輝かしい顔で目を見開く。


「天才! そうだよ、自由だ! いいね~、なんかしようぜ!」


「何かってなんだよ」


「それはこれから考える! 女子も呼んでさあ‥‥‥楽しくなってきた!」


 くっ、女子は捨てがたい‥‥‥。

 ここはレンに乗っかっておくか。何か言われたら全部なすり付ければいいし。


「天才だな。いい感じに考えておいてくれ」


 レンはサムズアップして俺の期待に答える。


「んじゃ俺も部屋戻るわ! 作戦練っておくぜ」


「おう、おやすみ」


 全く、抜け目ない奴だぜ。


「あんた達バカなの‥‥‥」

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