第25話 試験から一か月

 ロンドール魔術学校の試験から一か月――。


 俺はサイラスの家にやっかいになっていた。


 サイラスが外へ出る仕事でしばらく家に帰らない時期は、例によって外泊を余儀なくされてはいたが、それ以外は何不自由なく暮らすことができた。


 ロンドールの街にも慣れてきて、一人でいろんなところに行ったりした。


 特に気に入っていたのは、ロンドール大図書館だ。


 ロンドール魔術学校が出資してできた図書館らしく、その蔵書量はかなりのレベルだった。

 暗黒時代の魔術書なんていう超貴重なものは流石に存在しなかったが、中でも俺が楽しく読んでいたのはそれ以降の魔術の歴史だ。


 試験に向けてある程度は勉強してきたが、始めて知る知識も多かった。

 心の底からそこが試験で出題されなくてよかったと思う‥‥‥。


 試験の日以来、ドロシーやベルベット、レンやグリム等、知り合った同期達に会うことはなかったが、代わりに最終日に話しかけてきたサイラスの後輩とかいう女の先輩が、頻繁にサイラスの家に来てはちょっかいを掛けてきた。


 彼女の名前はホムラ・エメリッヒ。ロンドール魔術学校の三年生‥‥‥。


 その実力は相当高いらしく、魔術学校でもトップレベルだという。

 しかも、次期クラス長だとか‥‥‥。もしホムラさんの下に付くことになったら何かと面倒ごとが多くなりそうだというのは、嫌という程理解できてしまった。


 最初こそあのビッチ先輩だ! っと俺の男子の心がウキウキとしていたが、次第にその内面を見られているような不気味な視線と言動に、俺の全神経が関わるとめんどくさいぞと警告していた。


 頼むから学校では距離を置きたいところだが、俺の第六感がきっと同じクラスになるぞと告げていた。


 まあ、何はともあれ、そんなホムラさんとの会話に始まり、図書館での読書や街の散歩など、ロンドールでの生活は俺にとって羽を伸ばせるいい機会となっていた。


 都会の生活も悪くない。


 そんなある日のこと――。


「やあギル。寂しかったか~? よちよち」


「頭を撫でるな、鬱陶しい!」


 うっぜえええ~~! 本当こいつ俺が目覚めてから母親面するようになりやがって‥‥‥!


「おいおい、久しぶりに会ったというのに‥‥‥なんだいその顔は? 私の顔を忘れてしまったのかな?」


「クロ‥‥‥はぁ、わざわざ来なくても良かったのに。何しに来たんだよ」


「まあまあ、そう邪険にしなくてもいいじゃないか。私もちょっとカリストに用があってね。ちょうどその途中だったから寄ってみたんだが‥‥‥元気そうで安心したよ」


 クロはコーヒーを啜る。


 ロンドールの街の一角にある人気のカフェ。

 そのテラスで俺とクロは久しぶりに顔を合わせていた。


 相変わらずのクロの神出鬼没っぷりだ。


「そりゃ試験受けた以外なんもしてねえからな」


「そうだけどさ。君の場合千年もブランクある上に、目覚めてからは人と関わりが殆どなかったからね。誰かを怒らせてないといいけど」


「遅いんだよなあ‥‥‥」


「?」


 既に一名、俺のことを頭のいかれた奴と考えている奴がいるんだよなあ。

 まあ、会った当初に比べれば大分落ち着いた気はするけど‥‥‥。


「ま、とにかく、合格おめでとうだ。これで晴れて君も学生の仲間入りというわけだ」


 そう、俺はロンドール魔術学校の無事合格した。


 数日前、使いガラスが魔術学校から俺の元へ現れ、合格証書を持ってきたのだ。


「本当よかったよ‥‥‥」


「これで失った青春を謳歌できるな、ギル」


 クロの表情は、とても優しく、慈愛に見て居ているようだった。

 

「‥‥‥そうだな。前にクロが言ってたっけな、失った十代を取り戻しても誰も文句はいはないだろうって」


「そうそう。少なくとも私は君の味方だからね。人間には微塵も興味はないが、君は別だ‥‥‥から。――君が学校に通うことで青春を取り戻し、そしてそれが少しでも糧になるというのなら私は賛成する立場にある」


「もう決意は固まってるよ。‥‥‥エレナの子孫にも会ったし、面白そうな魔術師は沢山いるし。これから楽しみだよ」


「うんうん、いいねえ。出会いこそ青春の醍醐味だ。――ま、そいつらが受かってるかなんてわからないけどな」


 クロは怪しい笑みを浮かべる。

 本当悪趣味なやつだな。


「私は陰ながら君を応援させてもらうよ。‥‥‥くれぐれも、突出した力は誰にも見せるんじゃないぞ」


「わかってるよ、だから試験だって大分セーブしたし」


「本当にわかってるのかねえ‥‥‥。この魔術の後退した時代に君の戦争を戦い抜いた力はあまりにも危なっかしすぎる。――精々利用されないことだね」


「千年前と同じ過ちは犯さないさ。それに、いざとなったらクロが助けてくれるんだろ?」


 クロはきょとんとした表情を浮かべる。

 そして押し殺すようにくっくっくと笑う。


「笑わせるなよギル。君の心配をすることがあっても、君に力を貸すことはないさ。我々吸血鬼は中立だからね。君をあの森で世話したのはただの恩返しだ、そんな加勢は期待しないことだ」


「冗談だっつーの、吸血鬼の力を借りるなんて馬鹿げた事なんてしねえよ。それに今の俺に勝てる魔術師なんていないだろうし、たとえ力がばれても利用なんてさせないけどな」


「どうだかねえ、あんまり驕り高ぶっていると足元救われるぞー。‥‥‥ま、なんにせよ楽しみだ。君の青春が輝かしいことを祈ってるよ」


「おう。――で、クロのカリストでの用事ってなんなんだ? また吸血鬼絡みか?」


 クロはあの森で一緒に住んでいたころも、ちょくちょく吸血鬼たちと連絡を取っていた。

 

 クロの用事といえば、基本は吸血鬼絡みだ。これ、絶対。


 ――しかし、クロが口にした話は、予想を裏切るものだった。


「いや‥‥‥ちょっとばかりへまをした吸血鬼仲間の尻ぬぐいをしなくちゃいけなくなってね‥‥‥。まったく、あのバカたちの人使いが荒いのなんの。というわけで、私は少しばかりカリストに潜入して一般人として暮らす予定さ」


 確かに吸血鬼絡みだけど‥‥‥潜入ってことは接触する相手は人間‥‥‥?


「いいのかよ、人間と接触するなんて。確かしばらく流血沙汰は禁止されてるんじゃなかったか? 下手に動いていいのかよ」


 クロは大きくため息を付きながらぐーっと身体をそらし、両腕を伸ばして伸びをする。


「しょーがないでしょー、集会でそう決まっちゃったんだから。ま、私に限ってへまはしないからね。‥‥‥というわけで、私も新生活というわけだ」


「‥‥‥ふーん、まぁあんま目立つことすんなよ。目撃者は皆殺しにすればいいやとか、今そういう時代じゃねえんだから」


 そう、そう言う時代ではないのだ‥‥‥。

 なんてたって、悪人を殺そうとしただけでドロシーにドン引きされる時代だからな。


 クロはウィンクする。


「わかってるよ。ま、お互いがんばろうじゃないか」


 そうしてクロは俺に別れを告げ、カリストへと旅立っていった。


 吸血鬼の件は気になるが、クロのことだ、問題はないだろう。


 俺は俺のことに専念しよう。


 クロはああいっていたが、きっとグリムとレンは絶対に受かってるだろうな。

 ベルベットもあの実技なら絶対に受かってる。ドロシーは‥‥‥あのプライドの高さ、頼むから受かっててくれないと俺が八つ当たりされそうだ‥‥‥。


 ロンドール魔術学校‥‥‥青春か――。


 何となく、これから始まる学生生活に、心がワクワクする。


 すべてが初めての体験だ。一体どんな事が待ち受けているのか。


 ‥‥‥何はともあれ、入学すればわかることだ。


 なんてったって、俺はもうロンドール魔術学校への切符を手にしたんだからな。

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