第24話 実技試験⑤

「次の方、準備お願いします」


「は、はい!」


 俺は席を立ち、慌てて控室へと向かう。

 案内の人に受験票を渡し、奥へと進む。


 中では闘いを終えたベルベットがちょうど観客席へと戻ろうとしているところだった。


「おつかれ、ベルベット」


「あはは、本当疲れちゃった。でもこれで少し安心できたよ」


 ベルベットの顔はさっきまでとうってかわって爽やかな表情へと変化していた。

 それだけ手ごたえがあったんだろう。


 戦闘になったら途端に自信満々になるとか、よくわからん奴だな‥‥‥。


「じゃあ次は俺の番だな。さくっと終わらせてくるわ」


「いってらっしゃい。応援してるね」


 俺は演習場の中央に進む。


 辺りを見渡すと、まださっきまでのベルベットを観戦していた観客がちらほらいるが、明らかにさっきより減っている。


 他の会場にまだ目玉の受験者がいるか、あるいは俺には興味もないか‥‥‥。


 正面の魔道人形は、さっきベルベットが破壊したものの代わりに新しいものが置かれている。


 魔道人形は目を赤く光らせると、ギギギっと不気味な音を立てながら起き上がり、戦う構えをとる。


「始め!」


 開始の合図が告げられる。


 魔道人形は一定の距離を保ち、ゆっくりと動き始める。


 さて、どうしたものか‥‥‥。


 魔道人形のスピードなら、接近戦に持ち込まれてもまあ問題ないだろう。

 ただ、腐っても魔術師学校だ、そんな勝ち方では合格は厳しいだろう。


 ならば、やはり圧倒的な魔術でさっさと粉砕するのが楽な手段なのだが‥‥‥特異魔術の類は使いたくない。


 となれば、俺の使用可能な魔術は汎用魔術に限定されるわけだが‥‥‥どうやって潰すか。


 見た目は派手だが、与える印象は強すぎず、観客の記憶には残らないが、審査員の眼には止まるようにしなければならない。結構難易度高いな!


 俺はさっさと特異魔術で魔道人形を粉々にしたい衝動にかられるが、必死で抑え込む。


 あーだめだめ! 考えるのめんどくさくなってきたな‥‥‥。

 つーか特異魔術さえ使わなければ問題ないか。汎用魔術なんて誰でも使えて当たり前だし、多少威力が強くても特異魔術を使えないから汎用魔術を極めようとしてるのかな程度の認識で済むかもしれない。


 いや、そうに決まってる! 決定!


 汎用魔術を高火力でぶっ放してこの人形を土に還してやる‥‥‥!


「ガガガガガ!!」


 俺が脳内会議を繰り広げていることに痺れを切らした魔道人形は、発狂したかのように声を上げると、勢いよくツッコんでくる。


 なるほど、一定以上距離を保っている場合は遠距離型の魔術師と判断して接近戦に持ち込むようにプログラムされてるのか。


 なら――


 俺は突っ込んでくる魔道人形の腕を掴むと、足を払う。


 魔道人形は放物線を描きながら宙を舞う。

 俺はその勢いで魔道人形を地面へと叩きつける。


 そのまま掴んだ腕を離さず、半分ほどの力で魔術をぶち込む。

 まずは挨拶替わりの一発‥‥‥!


「サンダーボルト――!」


 瞬間、俺の手から放たれた電撃が魔道人形の身体を駆け巡り、爆音とともに激しい稲妻が炸裂する。


 周りの人からすれば、まるで上空から激しい雷が魔道人形に落ちたと錯覚する程の、光と爆発。

 激しい風と土埃に、俺も思わず目を細める。


 さて、次はどうくる――


 ‥‥‥が、俺の手の中にあった魔道人形の腕は黒く焦げ、ピクリとも動かない。


 それどころか、土埃の晴れた地面では、魔道人形だったものが、ポツンと倒れている。


 あれまさか‥‥‥これって‥‥‥。


「‥‥‥一撃‥‥‥?」


 まずいな‥‥‥一撃で終わっちまった‥‥‥。


 会場中がざわざわとどよめきだす。


「なんだ‥‥‥? 今雷でも落ちたのか‥‥‥?」

「ちげえよ、汎用魔術のサンダーボルトだろ‥‥‥? だよな?」

「いや、でもあんな威力‥‥‥お前出せるか‥‥‥?」

「いやいや、でも所詮汎用魔術だろ!? 特異魔術も使えないんじゃなあ‥‥‥」

「でも、今の特異魔術だったんじゃない‥‥‥? あんな汎用魔術ある?」

「俺くらいになればあれくらい余裕だよ。騒ぎすぎ」

「汎用魔術しか出来ないのか? つまんねえ‥‥‥」


 まずいな、賛否両論ってところか‥‥‥。


 汎用魔術一本に絞って複数組み合わせて圧倒する予定が、サンダーボルト一発で終わってしまった‥‥‥。


 ――いやいや! だが、審査員レベルならきっとわかるはずだ。

  

 魔道人形を一撃で仕留められるレベルにある汎用魔術――これだけである程度の評価は硬いだろう。

 ‥‥‥と願いたい。頼む、俺の力はこんなもんじゃないんだ!! ぜひ適切な判断を――!!


 普通に特異魔術使えばよかったか‥‥‥? これで落ちたらダセえ‥‥‥。

 

 俺はぐワングワンした頭のまま、演習場を後にする。

 受かってるんだか落ちてるんだか‥‥‥不安になってきちゃったよ。


 すると、演習所から出たところで、不意に一人の女性に話しかけられる。


「やあ、見てたよ~。お姉さん感動しちゃった」


 なんだこいついきなり‥‥‥。


「はぁ‥‥‥。誰ですかお姉さん」


「あれ、聞いてない? 私サイラスの後輩。この学校の三年なんだ‥‥‥あ~君が入学したら四年かな?」


 そう言って女性は軽くウィンクする。


 金髪のロングヘアーに、際どい露出高めの服‥‥‥。こいつ、ビッチだ――!!


「えっと‥‥‥あーなんか言ってたかもしれないっすね。‥‥‥で、何か用ですか?」


「本当不愛想だねえ。サイラスの言う通りだ」


 女性はポンポンと肩を叩く。


「サイラスが凄い新人を連れてきたというから見に来たんだけど――どうやらみたいだね。汎用魔術だけであの威力とは」


 そう言う女性の表情は、ただ純粋に楽しんでいる‥‥‥そんな印象を受ける。


「いや、汎用魔術で受かるもん何すかね‥‥‥」


「どうかな~。観客席の人たちはどうか知らないけど、少なくとも審査員は放っておかないと思うよ? それに‥‥‥私でも分かったよ。君まだ何か力を隠してるでしょ」


 その眼は、どこか俺のすべてを見透かしているようで、気味が悪い。

 この人‥‥‥どこまで‥‥‥。


 とにかく、あんまり信用はしない方がよさそうだ。


「何も隠してないっすよ。‥‥‥もう行ってもいいですか?」


「もう~つれないなあ! そんなんじゃモテないぞ!」


 女性はぷにぷにとほっぺたを押してくる。

 こいつ、やはりビッチ‥‥‥惑わされてはいけない。


「ちょ、ちょっと突かないでくださいよ」


 無意識に微妙に口がにやけてしまう。

 くそっ身体は正直なのか‥‥‥!


「ふ~。ま、今日は挨拶程度にしようと思ってたからまあいいけど。‥‥‥君は確実に受かりそうだしね、また会えそう。同じクラスになれるの楽しみにしてるよ、チャオ~」


 そう言って、嵐のような女は俺の前から消えて行った。


 なんだったんだ‥‥‥名前も教えてくれなかったし。いやまあ聞かなかった俺も俺だけど。


 サイラスの後輩っていうのなら悪い奴ではないんだろうけど、なんだろうな、一言で言えば胡散臭い!

 できれば同じクラスにならないことを祈ろう‥‥‥。


◇ ◇ ◇


 すべての試験が終了し、俺たちは宿への帰路につく。


「これで試験終了だね。合格できるかどうか今からドキドキだよ‥‥‥」


「何言ってのベル! あんたなら絶対大丈夫だから! そしてもちろん私も!」


 ドロシーは得意げに胸を張る。


「ま、このバカはどうかわからないけどねえ」


「うるせえよ!」


「そ、そうだよ! すごかったよ、ギル君の魔術は。底が知れないというか‥‥‥」


「はー? 何こいつの肩持ってるのよ! 何されたのベル――はッ!? まさか、惚れさせるような魔術でも使われたんじゃ‥‥‥」


 ドロシーはベルベットの両頬を軽く引っ張り、こねくり回す。


いはいよ、ドロヒー痛いよ、ドロシー‥‥‥」


「言いがかりだわ! 今日一日で仲良くなったんだよ、お前と違ってベルベットはいい子だからな!」


「はーうざっ。私の友達にちょっかいだそうとか千年早いから」


「ちょっかいじゃねえよ!」


 くそっ、めんどくせー女だな‥‥‥!


「さてさて、それじゃあ私は宿に一泊して帰るから。じゃあね、ベル。次会うときは入学式だね」


 ベルベットは頬を擦りながら頷く。


「そうだね。‥‥‥お互い受かってることを祈りましょ。あっ、あとギル君も」


「おう、お前なら受かるよ。ドロシーは知らん」


「はいはい、落ちる人に何言われても響かないわ~」


「あはは、仲いいのか悪いのか‥‥‥。それじゃあね、二人とも。私はこっちだから。また入学式で!」


 そう言ってベルベットは何度も手を振り、帰っていった。


「あんたもさっさと森に帰りなさいよ。私は宿だから。間違って合格しちゃっても同じクラスはやめてよね」


「俺がクラス決められるわけじゃないんだから、そんな保証できねえよ‥‥‥。それに俺も一泊するんだが」


「きーっ! ああ言えばこう言う! ‥‥‥はぁ。あんたにピリピリしてるのも疲れちゃうわ」


 ドロシーは肩を揉みながらうんざりした顔をする。


「ったく、俺もだよ。じゃあ俺はさっさとお暇しますかね。それじゃあなドロシー」


 どうやら最後まで嫌われたままのようだ。

 受かっても先が思いやられるぜ‥‥‥こいつも受かるかどうかは知らんけど。


「ちょ、ちょっとまちなさい」


 不意にドロシーが俺を引き留める。


「なんだよ」


「‥‥‥ま、まあ、この二日間、一緒に頑張ってきたわけだし‥‥‥初日のこともあるし‥‥‥。最後のごはんくらい一緒に食べに行きましょ」


 ドロシーは顔をそむけたままそう口にする。


 こいつ‥‥‥ツンデレかよ!


 しかし、その表情は紛れもなく勇気を出した表情で‥‥‥。

 こいつなりに、この二日間とか、助けられたときのことを気にしてんのかな。


「‥‥‥そうだな、飯でも食いに行くか。俺初めてだからいい店紹介してくれよ」


「当たり前! 私が主導権握ってるんだからね。さあ、さっさと行きましょ!」

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